大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

第176話 言葉にしないと、届かないもの

夜。

部屋の灯りはつけたままなのに、朱里はカーテンを閉めなかった。

外の光が少し入る方が、考え事には向いている気がした。

ソファに座って、スマホを手に取る。

嵩とのトーク画面。

《今日は、お疲れさまでした》

それだけのやりとりが、今日一日を象徴している。

(……言葉、ね)

瑠奈の声が、昼休みのまま胸に残っている。

“先輩は、ちゃんと気持ちを言ってくれる人が好きですよ”

否定できなかった。

それが、答えだった。

(嵩は、言ってくれる)
(じゃあ私は?)

スマホを置いて、膝を抱える。

好き。

一緒にいると、落ち着く。

でも、それだけじゃ足りない。

(私、何を怖がってるんだろう)

言葉にした瞬間、何かが壊れる気がしていた。

関係とか、空気とか、今の距離とか。

でも──
もう壊れ始めているのは、自分の中だ。

「……逃げてる」

声に出して、やっと気づく。

待つふりをして、選ばせるふりをして、

本当は責任を持ちたくなかった。

(嵩が行くって言ったら、私はどうするつもりだった?)

答えは、すぐに出ない。

でも、
出ないままでいいとも、もう思えなかった。

立ち上がって、キッチンへ行く。

湯を沸かし、マグカップにお茶を注ぐ。

湯気の向こうで、自分の顔が少し歪んで見えた。

「……私は」

声に出してみる。

「……私は、どうしたい?」

言葉が、続かない。

悔しくて、マグカップを両手で包む。

(嵩に、どう思われたいかじゃない)
(嵩がどうするかでもない)

自分は──
どこに立ちたい?

ソファに戻り、メモ帳を開く。

書いては消す。

・怖い
・失いたくない
・一緒にいたい
・でも、縛りたくない

どれも本当で、どれも足りない。

「……全部、言えばいいのかな」

小さく呟く。

綺麗にまとめなくていい。

正解じゃなくていい。

瑠奈は、核心を突いた。

美鈴は、守ってくれた。

嵩は、待ってくれている。

(じゃあ、次は私の番だ)

スマホを手に取る。

嵩の名前を、ゆっくりタップする。

文章を打ち始めて、止める。

また打ち直す。

《まだ、ちゃんとした言葉にならないけど》 《私の気持ち、近いうちに話したいです》

送信。

胸が、ぎゅっと縮む。

でも、不思議と後悔はなかった。

ソファに背中を預け、天井を見る。

(言葉は、探し始めたら)
(もう、戻れない)

それでいい。

朱里は、目を閉じた。

“自分の言葉”は、
もうすぐ形になる。
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