大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。
第198話 転勤は、決定じゃなく選択だった
「……実は」
その先の言葉を、嵩は一度飲み込んだ。
朱里は何も言わない。
促しもしない。
ただ、ここにいる。
それだけで、嵩は続きを話せた。
「転勤の話が、正式に出てる」
やっぱり、とも
思ってた、とも
朱里は言わなかった。
胸の奥がきしんだまま、黙って聞く。
「日程も、だいたい決まってる。
早ければ、来月」
一ヶ月。
数字にすると、あまりにも短い。
朱里の指先が、わずかに震えた。
「……もう、決まってるんですか」
声は、思ったより冷静だった。
嵩は首を横に振る。
「“行く前提”ではある。
でも──最終決定じゃない」
朱里が顔を上げる。
「断れる、ってことですか」
「正確には……選べる」
嵩は言葉を選びながら続けた。
「条件も悪くないし、評価としては悪くない。
断れば、少し面倒な立場になるかもしれない」
それはつまり、
行くほうが楽だということ。
朱里は、そこまで理解した。
「でも」
嵩は、そこで初めて朱里を見る。
「昨日までなら、俺は一人で決めてた」
その視線は、逃げていなかった。
「朱里が、全部言わなかったから」
朱里の胸が、ひくりと動く。
「預けきらなかったから、俺も抱えきらなくていいって思えた」
言われなかった言葉。
その“空白”が、嵩をここまで連れてきた。
「……相談、ですか」
朱里が聞く。
嵩は、少しだけ間を置いた。
「相談、でもある。
でも、決断を丸投げするつもりはない」
彼は、はっきりと言った。
「最終的に決めるのは俺。
でも──一緒に考えたい」
一緒に。
それは、未来を約束する言葉じゃない。
でも、現在を共有する言葉だった。
朱里は、すぐに答えなかった。
心の中で、何かが騒ぐ。
行ってほしくない。
離れたくない。
でも、縛りたくない。
言えば、楽になる言葉はたくさんある。
それでも。
「……今すぐ、答えは出せません」
朱里は、正直に言った。
嵩は、うなずく。
「それでいい」
「でも」
朱里は、膝の上の手をぎゅっと握る。
「聞かせてもらえて、よかったです」
その一言は、
「引き止めない」でも
「送り出す」でもなかった。
ただの、事実。
嵩は、少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとう。
言ってよかった」
夜風が、二人の間を抜ける。
公園の木々が、静かに揺れた。
まだ、何も決まっていない。
でも──
一人で決める夜は、終わっていた。
朱里は思う。
(これは、別れの話じゃない)
(選択の話だ)
そして同時に、
自分にも問いが返ってきていることに気づく。
──私は、何を言う側になりたい?
その答えは、まだ形にならない。
でも。
逃げない、と決めた夜だけが、
確かにここに残っていた。
その先の言葉を、嵩は一度飲み込んだ。
朱里は何も言わない。
促しもしない。
ただ、ここにいる。
それだけで、嵩は続きを話せた。
「転勤の話が、正式に出てる」
やっぱり、とも
思ってた、とも
朱里は言わなかった。
胸の奥がきしんだまま、黙って聞く。
「日程も、だいたい決まってる。
早ければ、来月」
一ヶ月。
数字にすると、あまりにも短い。
朱里の指先が、わずかに震えた。
「……もう、決まってるんですか」
声は、思ったより冷静だった。
嵩は首を横に振る。
「“行く前提”ではある。
でも──最終決定じゃない」
朱里が顔を上げる。
「断れる、ってことですか」
「正確には……選べる」
嵩は言葉を選びながら続けた。
「条件も悪くないし、評価としては悪くない。
断れば、少し面倒な立場になるかもしれない」
それはつまり、
行くほうが楽だということ。
朱里は、そこまで理解した。
「でも」
嵩は、そこで初めて朱里を見る。
「昨日までなら、俺は一人で決めてた」
その視線は、逃げていなかった。
「朱里が、全部言わなかったから」
朱里の胸が、ひくりと動く。
「預けきらなかったから、俺も抱えきらなくていいって思えた」
言われなかった言葉。
その“空白”が、嵩をここまで連れてきた。
「……相談、ですか」
朱里が聞く。
嵩は、少しだけ間を置いた。
「相談、でもある。
でも、決断を丸投げするつもりはない」
彼は、はっきりと言った。
「最終的に決めるのは俺。
でも──一緒に考えたい」
一緒に。
それは、未来を約束する言葉じゃない。
でも、現在を共有する言葉だった。
朱里は、すぐに答えなかった。
心の中で、何かが騒ぐ。
行ってほしくない。
離れたくない。
でも、縛りたくない。
言えば、楽になる言葉はたくさんある。
それでも。
「……今すぐ、答えは出せません」
朱里は、正直に言った。
嵩は、うなずく。
「それでいい」
「でも」
朱里は、膝の上の手をぎゅっと握る。
「聞かせてもらえて、よかったです」
その一言は、
「引き止めない」でも
「送り出す」でもなかった。
ただの、事実。
嵩は、少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとう。
言ってよかった」
夜風が、二人の間を抜ける。
公園の木々が、静かに揺れた。
まだ、何も決まっていない。
でも──
一人で決める夜は、終わっていた。
朱里は思う。
(これは、別れの話じゃない)
(選択の話だ)
そして同時に、
自分にも問いが返ってきていることに気づく。
──私は、何を言う側になりたい?
その答えは、まだ形にならない。
でも。
逃げない、と決めた夜だけが、
確かにここに残っていた。


