船瀬さんの彼女、村井さん。
こういう時、ハグから解放されたらその続きがある。私、それを体験するの?村井さんじゃないのに?そんな考えばかりが頭に浮かんで、抱きしめられているのに、何のムードもない。
「もみじ?」
「ん?」
「…良い?」
「え、」
ほら、来た。これ、うんって言ったら始まるよね?でも拒否したらおかしいよね?どうする?
返事がないのを疑問に思ったのか、私から離れて顔を覗き込まれる。体調悪い?なんて聞かれるけど、体調悪かったらビールなんて飲まないよ。
有り難いのか何なのか、ただびっくりしただけだと思ってもらえたようで、ムードを作るかのように私の頬に手がするすると入ってくる。全身に力を入れて目を瞑ると、唇に温かみを感じた。
…始まる。唇の温かさに少し力が抜けると、船瀬さんの手が私の背中にまわり、ぐっと引き寄せられる。
すると、村井さんへの罪悪感で頭がいっぱいのはずだったのに、途端に体は押谷のまま、思考が村井さんに意思なく切り替わったような感覚に陥り、今を楽しまなきゃと船瀬さんを受け入れた。
何でこうなったのか、分からない。思考が村井さんになっただけで、村井さんになったわけじゃない。船瀬さんを受け入れて、幸せで身体中を埋めたくなったのだ。