内部監査部室長は恋愛隠蔽体質です
 わたし達は消防訓練をしていたが、世間一般的に今日は金曜の夜である。室長の残業によりデートの予定が無くなった可能性が高い。

「ひょっとして、わたしのせいでしょうか?」
「強いて言うなら消防訓練を怠った営業部のせいです」
「強いて言うも何も、わたしが原因と強調してますよ?」
 室長の眉は下がる。
「おや、そんな受け取り方をされてしまうとは遺憾です」
(これは間違いない、何かを企んでいるな)
 交渉のエキスパートである営業部員でなくても、不自然な会話の流れに違和感を覚えるだろう。

「お誘いは大変光栄です。が、業務がまだ残っていましてご一緒出来そうもーーっ!」
 みなまで言わせないとばかり、人差し指を口元で立てられた。それはケーキの上のろうそくみたいな距離感でわたしは勢いよく仰け反る。

「『hermit』を予約してあるんです」
 『hermit』とは芸能人や政治家も利用する隠れ屋的なレストラン。情報によれば会員制のはず。
「松村課長なら興味ありますよね?」
 室長が先にヘルメットを脱ぐ。髪をさっと梳くだけで整い、折り目正しいハンカチで汗を拭き取る。

「……星がついているレストランという意味合いでおっしゃってます? それとも前任者が情報漏洩した場所として?」

 室長の眉(感情のアンテナ)は肯定、否定ともに引っ張られず水平のまま。
 わたしもヘルメットを外す。湿気に弱い猫っ毛はうねっているだろう。
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