先生、迎えに来ました
片腕に頭を持たせかけた高瀬が、ひまりの髪の毛を優しく撫でる。
甘やかされる心地よさに、ひまりはまるで猫のように高瀬の胸に頭を押し付けた。
下から見上げると、すぐさま唇をついばまれる。

不本意なサインから始まった関係が、こんな幸せな結末を迎えるとは思いもよらなかった。

ふと、疑問に思ったことを尋ねる。

「結局、なんのために婚約証書なんて作ったの?」

高瀬は、婚約証書の約束を振りかざして、ひまりを縛ることはしなかった。

「ただ、チャンスが欲しかっただけ」

ひまりを優しく見つめながら、高瀬は苦笑した。

「ずっと振られてばっかりだったから。男として見られてないのはわかってた。だからまずは、ひまりの視界に入りたかった」

十二年前の自分の態度を振り返り、ひまりは口をつぐんだ。

「無理矢理した約束でも、ひまりならチャンスくらいはくれると思って」

当時からひまりの性格は見抜かれていたようだ。

「だって、普通に登場して普通に告白しても、絶対断った」
「……確かに」

少し拗ねたような表情と物言いになった高瀬は、出会った頃の彼を思い出させた。

「男としての俺を見て、その上で判断してほしかった。だから、そのための布石を打っておいた。それだけ」

涼やかな顔で言った高瀬に、ひまりはもう勝てる気がしなかった。
そういう戦略的なところが、怖いくらいに抜け目がない。
でもそんな高瀬を愛おしく感じ、ひまりは自分からキスをした。

「あれって法的効力はないんだっけ」
「ないよ。でもお互いが同意してるなら有効なんじゃない」

しばし思案するひまりと、そんなひまりを見つめる高瀬。

「今日で約束の一か月だけど……」

そう言って高瀬がひまりの上にのしかかり、両手で頬を挟む。

「結婚、する?」

高校生のときのようないたずらっぽい光を目に宿しつつ、大人の男の余裕をたたえて高瀬が微笑んだ。

「する」

ひまりがはにかんで答えると、高瀬からのキスが降ってきた。
唇を甘く吸われ、熱を帯びた吐息がもれる。
二人がベッドを離れるのは、まだしばらく先になりそうだった。

高瀬を鎖から解き放つつもりが、自分が高瀬の甘く優しい鎖に縛られてしまったことに苦笑しつつ、ひまりは幸せを嚙み締めた。

ひまりを愛おしそうに見つめる高瀬に抱きつき、キスを贈る。

「迎えに来てくれて、ありがとう」
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