告発のメヌエット
第24話 足跡
夕方、父の執務室に私とトーマス、エリックが集められた。
ケイトがもたらした情報と、いままでのことを整理するためだ。
エリックは巡回警備の班長を訪ね、過去にビックスの消息について巡回警備で把握しているかを問い合わせた。
ビックスの行方については、問い合わせは家族以外にも数件あり、その中にはケイトとカミルも名を連ねていた。
「7月16日の朝にカミル様もビックスの消息を問い合わせていました。
やはりあの取引で何かあったのでしょうか。」
「その密輸らしいことが行われたのはいつだ?」
「それが伝票は残っておりませんので、推察しかできませんが、おそらく7月12日の深夜かと。」
「つまりカミル君は訪ねてくるはずのビックスに会えなかったので、消息を騎士団に尋ねたが依然として不明と分かる。
指示書にサインをもらいに来ないので不審に思っていたのに、支払いは翌日に自分の名前で完了していたことになる。
状況から何かを察したのであろう。」
「その取引と運賃の支払いの指示まで別の何者かが行ったということになるわね。
ビッグスがカミルの元へ行くことは、その何者かの予定には入っていなかった。」
「そうだな、ビッグスが一緒にエダマに戻っていれば、何事もなく取引は終わっていただろう。」
「酒と弁当で足止めして、取引を確実にするつもりだった。
でも人のいいビッグスは、カミルに一言お礼を言いたくなったのかもしれない。」
「カミル君にとっては身に覚えのない支払いの指示書が港湾事務所に届いたことになる。
当然出入りしているから、その話を後から耳にしたのだろう。
その時に『密輸』が行われたことも知ったのではないか。」
「その仕事は確かラタゴウの領主が紹介した、麻織物の交易品でしたね。
カミル様が直接指示をしたのでしょうか。」
「いいえ、代官が直接動くことはないわ。
多くは運送屋の手配をして、依頼主に紹介するところまでよ。
特別なものは指示書を書くこともあるけど。」
「もしもその指示書をだ、依頼主を名乗る者が持っていたとする。
そこにカミル君の署名があれば『カミル君の指示』で動いたことになるのではないのか?」
「ええ……でもそんなことがあり得るのでしょうか?」
「現に運賃の支払いは指示書で行われていたのだろう?」
皆の間に緊張した空気が流れた。
「何者かがカミル様に成り代わり、密輸を行ったことになるのではないでしょうか。」
「そうね、そう考えるのが一番自然なのよ。
でも肝心の指示書もないのよね。
普通であればビッグスがカミルに作業完了のサインをもらうところだから。
それがないとビックスに運賃の支払いがされないのよ。」
「その何者かは荷運びの指示書と引き換えに、支払いの指示書を渡そうとしたのでは?」
「律儀なビックスは、荷物を引き取りに来た者にはサインをもらわなかった。」
「そうでしょうね、特別な事情がない限り支払いの指示書は用意しない。
カミルからの指示であれば、カミルへ報告して確認してもらうのが普通よ。」
「我々商人の間でも依頼を完了し、依頼主へ報告することは義務ですから。」
この件について感じていた違和感、交易や運輸、商人の間で常識とされている手続きをすることがないことだった。
私はここにある疑問を持った。
「そうすると、ビッグスが持っていた指示書は、密輸の証拠になってしまう訳よね。
依頼主にとってそれって……?」
「ええ、『存在してはならないもの』ということになりますね。
そして一番知られてはならない人物が、カミル様ということになります。」
「なんということだ。」
父は手で顔を覆いながらつぶやいた。
私も上を向いて涙をこらえていた。
カミルはもとより皆は一緒に街を発展させてきた仲間だった。
それは信頼という絆で結ばれていたのだ。
ビッグスはカミルの指示書におかしいと思いながらも従い、酒と食事のお礼を言いたかったのだろう。
カミルもまたビッグスの来訪を心待ちにしていたんだ。
首謀者の誤算は、私たちが互いを信用しあう仲間だということを見落としていたということだ。
しかしそれが、悲劇を生み出してしまったのかもしれない。
「カミルの身に何が起きたのかは、おそらくこのとおりね。
それでもまだわからないことがあるのよ。」
「ああ、そうだな。」
「巡回警備隊の日誌によれば、カミルが保護されたのは16日の夜よね。
ビッグスの消息を訪ねたカミルが、今までかかわりのなかった『エデン』に行ったのはどうしてだろう?」
「ビッグスの行方を追っているうちに、『エデン』にたどり着いたのか、それとも誰かに誘い込まれたのか?」
「そうですね、我々もそこは疑問なのです。
この『密輸』が『葉っぱ』であったのなら、関連はありますが、まだそこに至る情報を得られておりません。」
「そうよね、カミルは『葉っぱ』はやっていなかったから。
大麻との関わりがわからないのよ。」
「そもそもこの取引はアルベルトの紹介だと言っていたな。
奴はこの件にかかわっていたのか? 誰の紹介なのかも判らないのか?」
「おそらくこちらが決定的な証拠でも出さない限り、口は割らないでしょう。」
「手詰まりね……。」
しばらくの沈黙の後、父が口を開いた。
「なぁコレット、カミル君のことは残念だが、これ以上のことを知ろうとするのはお前にとって、いいことではないのではないか?」
父は遠慮がちに私に話をした。
「世の中には知らない方が良いこともある。
これから先のことを考えると、もうお前を関わらせるわけにはいかんと思うぞ。」
「そうですね、どうやらこの先は闇が深いように思われます。
コレット様の身にも危険が及ぶかもしれません。」
「いいえ、私は許せないのです。
確かにいろいろなことがカミルの身に起きたこともわかりました。
殺されなければならなかった理由も何となくわかりました。
しかしそれでも、私たちを利用し、街を奪い、悪いことをしている連中をそのままにしておくわけにはいかないのです。」
「まぁ、そうなのだがな、一応忠告はしておくぞ。
お前には子供たちもいるのだから。」
「そうね……今はこれ以上のことは何もできないのよね。」
「まぁ、いずれどこからか新しい情報がもたらされるかもしれん。
今はまだその時ではないのだよ。」
「コレット様、僕も騎士団の仲間から情報を集めておきます。
いい知らせを待っていてください。」
そう言ってエリックは私を励ましてくれた。
「ありがとう、でもあまり無理はなさらないでね。
私たちにはまだ相手がわからないのだから。」
「はい、心得ました。」
「トーマス、『馬車馬』のマスターからはいい話が聞けそうか?」
「彼はあの店を閉めたがっていました。
治安が悪く、客足も『エデン』のおかげで遠のいてしまったとか。」
父は少し思案をしてから、
「彼には店を続けてもらおう、そしてなるべく情報を集めるように言ってくれ。
当座の店の資金は援助しよう。」
懐から金貨を1枚出した。
「うまく引き入れて来い。」
「かしこまりました。」
「お父様、よろしいのですか?」
「どうせお前のことだ、一人でも『エデン』に乗り込んでしまいそうだからな。
それにわしもカミル君が好きだったのだよ。
あれでいて結構商人にも人気があったのだよ。
それだけに残念だ。」
「ありがとうございます。」
「だからと言っては何だが、ちゃんと家でおとなしくしているのだ。」
「はい……わかりました。
トーマス、エリック、お願いしますね。
でも決して無理はなさらないでくださいね。」
「ええ、心得ております。」
私は、祈る思いでエデンに出かける二人を見送った。