告発のメヌエット

第23話 霧中


 そのころハイマー商会ではケイトが私たちの帰りを待っていた。
 執務室に通され、お茶を飲んでいた。

「おお、来ていたのか。
 世話になるな。」

 私もケイトから話が聞けると思い、喜んで挨拶をした。

「ハイマー様、あまりいいお話ではありませんがよろしいですか。」

「ああ、何でもいいからわかったことを教えてくれ。」

「実は、あの仕事で荷受けをしたビックスという男なのですがね。
 カミルの旦那が亡くなったころから帝都で行方不明になっているようです。」

「なんだって? そんなことがあり得るのか?」

「なんでも、始めのうちは帝都で仕事をとって、仲間の運送屋を通じて手紙で部下に指示をしていたらしいのですが、そのうちに……仲間とも部下とも連絡を取らなくなったようです。」

「それから行方が分からない、ということだな。」

「ええ、家族もいつまでも帝都から戻らないので探しに来たらしいのですが、見つかっていません。」

「行方不明の届けは出したのか?」

「ええ、騎士団の詰め所に出して、帰ったみたいです。」

 私たちの間に無言の時間が流れた。

「それがその部下たちの話が妙なのです。
 荷受けしたのは7月12日、深夜のエダマ港でそのまま伝票も検品もなく、馬車1台で帝都に運ぶように指示されたと言っていました。
 途中で休憩をする場所も時間も決まっていて、酒と弁当が出たんですよ。」

「ほう、ずいぶんと優しい依頼主じゃないか。」

「ええ、だから最初はカミルの旦那がそうしてくれたと思ったそうです。
 その指示を出したのはカミルの旦那でしたので。」

「そこへ荷馬車ごと引き取りに来た連中がいましてね。
 エダマに帰る馬車を用意していたそうです。
 部下たちはそれでエダマに帰ったとの話ですが、ビックスはカミルの旦那に運賃をもらうためと、礼を言うために、その時連中と一緒に帝都に向かったということです。」

「それで、運賃は支払われたのか?」

「ええ、翌日港湾事務所に支払いの指示書が届いたそうです。
 カミルの旦那の署名が入っていたと言っていました。」

「それからビックスは行方が分からないのだな。」

 私はしばらく考えた——何か違和感が?

「ねぇ、ケイト、それは普通ではありえない手順で荷が運ばれていたって事?
 緊急時でもない限り、安全上深夜の荷下ろしは行わないし、船から直接荷運びも普通は行わないわね。
 しかも伝票の発行もない。
 それをカミルが指示したと言うの?」

 これではまるで密輸船じゃないの。

「ええ、そう聞いています。
 私もなんだか同業者としてあり得ない話だと思って聞いていましたがね、どうも引っかかるのですよ。
 カミルの旦那が小さな運送屋に直接、しかも例外だらけの取引を指示することはないでしょう。」
 
 私もそう思った。
 これはカミル本人の指示なのか?
 それとも別の何者か?
 
 それを確認しようにも、肝心の関係者の行方が分からない。

「ケイト、ご苦労だった。これは謝礼と引き続き調査の依頼料だ。」

 そう言って金貨を渡した。

「相手はどうもずるがしこい奴らだよ。
 身の回りに気を付けるんだよ。」

 ケイトはそう言い残してエダマの街に帰っていった。


「ただいま戻りました。」

 エリックの声とともに、執務室に子供たちの元気な声があふれた。

「おかえり、アリス、カイト。
 それからエリックとサラもご苦労だったな。
 学校は楽しかったかい?」

「ええ、とっても。
 明日の学校が楽しみです。
 サラと一緒なので心強いです。」

「ねぇおじいさま、僕は友達ができたよ。
 外で一緒に遊んだの。」

「それはよかった。
 これからお昼になるから、お部屋で支度をなさい。」

「ええ、カイル、サラ、行きますよ。」

「はい、お姉さま。」

 アリスがそう言って、子どもたちは連れ立って出て行った。

「ふうっ……。」

 考えても答えの出ないことを考え続けるのは、今の私には酷だ。
 私と子供たちの未来のために、今は前を向かなければならない。

 カミルの死の裏に渦巻く陰謀は、まるで霧のように私の目の前を覆い隠している。
 手を伸ばせば届く気がするのに、触れた途端、すべてが指の間から零れ落ちてしまう。

 真実はそこにあるのに、掴み取ることができない。
 そう思うほどに、心の奥底に冷たい影が広がっていくようだった。
  
< 24 / 57 >

この作品をシェア

pagetop