告発のメヌエット

第26話 飛躍


 トーマスたちが館に戻ったのは日付が変わるころだった。
 朝になってトーマスとエリックからの報告は、学校の送りが終わってからとなった。

「悪いわね、昨日遅かったのでしょう。
 子供たちをよろしくね。」

「はい、コレット様。
 なるべく早く戻りますね。」

「ええ、気を付けて行ってらっしゃい。」

「はーい、行ってきます。」

 元気に登校する子供たちを見送って、私はコレット・コレクションの制作に取り掛かる。

 サラの服が子供たちに人気と分かり、同じデザインで身長ごとにサイズを変えて型紙を作っていった。
 まだまだ子供服を用意する文化はなかったので、なるべく安く手に入るようにしたい。
 それには利益を少なくして多くを売るという販売方法を考えなければならない。
 さらに大人用として、同じデザインから襟の形をシャープにして、ブラウスを見せるように首周りを開けたデザインも手掛けた。
 まずは大人用を作成し、店で働く女性のユニホームにすることにした。

「でも、頭から服をかぶって着ることに抵抗はないかしら。」

 この時代の一般的な服装は、身体に布を巻きつけて着るタイプが多く、手間のかかる物だった。

「デザインを共有することで作業も楽になるわね。
 たくさん作るならお針子も必要ね。
 どうしましょう。」
 
 新しい服装の構想はできたものの、制作と販売についてはいい方法が思いつかない。

「お父様とトーマスの意見を聞いてみましょう。」

 そう思って、執務室の父を訪ねた。

 執務室では父と店舗責任者で甥のグラン、そしてトーマスが朝の打ち合わせをしていた。

「おはようございます、コレットおば様。
 お元気そうで何よりです。」

「貴方もね、グラン。
 奥様はお元気?」

「はい、一緒に店を切り盛りしていますので。」

「そう、では一つお願いがあるのだけれども、アニーに私の部屋に来てもらえるよう伝えてもらえるかしら。」

「ええ、わかりました。
 打ち合わせが終わってからでよろしいでしょうか。」

「申し訳ないのだけれども、すぐにお願いしたいわ。
 できればあなたたちにも見てもらいたいもの。」

「メアリー、すまないがアニーにおばさまの部屋に行くように伝えてもらえないか?」

「かしこまりました。」

「それでは、後でアニーと一緒に参りますね。」

 アニーが部屋を訪ねてきた。

「それじゃ、アニー服を脱いでもらえるかしら?
 裸ではなくて、ナイトドレスとコルセットはそのままでいいわ。」
 
 アニーは言われるままコルセットを付けた格好になった。

「では、これを頭からかぶるように着てちょうだい。」

 サラの服をもとにデザインした紺色のジャンパースカートを頭からかぶる。
 胸元の空いた部分には直線にカットされ、レースの縁取りでコルセットを上手に隠していた。
 袖はついていないので、白いナイトドレスの袖が露出して、袖口と襟元のフリルがそのまま生かされていた。

「それじゃ、これにエプロンを付けるのよ。」

 そう言って、半円型の前掛けエプロンを身に着けた。このエプロンは後ろで縛るとリボンのようになり、バックスタイルを可愛らしく見せていた。

「え、これでおしまいですか?」

 アニーは驚いていた。
 今まで服を着るためにどれほど時間がかかっていたか。
 事実、アニーが脱いだ服は細かいパーツが多くあり、それぞれを巻き付けて使うものだった。

「ポシェットはつけないのですか?」

「そうね、そのスカートの部分に手を入れてみて?
 袋がついているでしょ? 
 これはポケットというのよ。
 そこに小さい物が入るようになっているの。
 今までの肩掛けのポシェットは大きすぎて邪魔だったでしょう?
 ポケットは両側にあるから使ってみてね。」
 
 アニーは喜んでいた。
 簡単に着用できることはもちろん、軽く、動きやすい服は、仕事をするのに最適だった。

「さぁ、グランたちに見せに行きましょうか?」

「ええ、なんて言うかしらね?」

 二人は執務室に入っていった。


「さてグラン君、アニーの姿を見てどう思うか聞かせてくれる?」

 まったく今までとは違う服装に驚いていた。
 シンプルだが女性らしい可愛らしさを纏った姿に、皆驚いていた。

「ほう、これが新しい服なのか。
 なかなか斬新ではないか。」

「おば様、この服はアニーのために作ってくださったのですか?」

「いいえ、これは標準的な大人の女性向けのサイズよ。
 小柄の方は子供服と大人用の境目のサイズを、大きな方用には大き目の物を用意しますよ。」

「それでは体型を計って作るのではなく、自分に合ったサイズを探して着るということなのだな。」

「そうですね。
 そのほうがサイズごとに型紙さえあればいいので、作る時間も短くできます。
 さらに部材を大きくとっていますので、お針子の仕事も少なく済みます。」

「そうして一着当たりの値段を下げるということだな。」

「ええ、そうなのですが……。
 裁断ができる人やお針子がいるところなんて、ないですよね。」

「おば様、それなら服飾ギルドに聞いてみるといいですよ。
 最近では貴族からの注文も減ってきていて、お針子たちに仕事を回すのも大変だと聞いていますので。」

「そう、それはいいわね。
 あとは裁断ね。」

「一人のお針子が最後まで仕上げるのではなくて?」

「そこよ、今回の狙いは。
 お針子は裁縫だけ。
 しかも一人が同じところだけを縫うの。
 そうすることで出来上がった品物にお針子の力量によるばらつきがなくなるの。
 同じ品質の物を作るときにはね、分業してもらうといいのよ。
 そのほうが熟練するのも早いでしょう?」

「確かに、出来上がりも早くなる。」

「仕上がりが早いなら、その分売ればギルドも稼げるでしょう?」

 父は興味津々で聞いていた。
 グランもまた、新しい製品について商人の鼻が効いたらしい。

「裁断についてはどう考えているのだ?」

「織物の幅は織機の幅でしょう? 輸入品ならば決まっているわよね。
 布地の裏側に木枠を押し当てて、線を引くのはどうかしら。
 初めから一着分の木枠をサイズごとに配置を決めておけば、無駄なく線引きができるでしょう?」

「おお、一着分の型をくり抜いた木の板を用意すればよろしいのですね。
 ふちに沿ってペンを当てれば裁断するものがわかる。
 これは素晴らしいアイディアですよ。」

「トーマス、木工職人に試作を頼めるか?
 グランは服飾ギルドに話を持って行ってくれ。
 上手くいけば服の値段を下げられるかもしれん。
 服は買う時代へ変わっていくのだ。」
 
 父は半ば興奮して、この企画に賛成してくれた。

「ところでアニー、着心地はどう?
 あなたの意見を聞きたいの。」

「おば様、今の季節にはちょうどいいですね。
 今まではおしゃれのためにたくさん布を巻いていたので、とても暑かったです。」

「服の中も余裕があって、風通しはいいのよ。
 もちろん、冬になれば袖がついて、スカートに裏地を付けて暖かくする予定よ。
 でも身に着け方は一緒。
 どう? 簡単でしょ?」

「ええ、それにとってもかわいい。
 これを制服にするのですか?」

「そうね、着ている姿をお客様に見せてほしいの。
 同じデザインで子供用から大人用まで身長に合わせて作るので、これを販売するのよ。」

「まずは使用人全員分を作るわ。
 ギルドにはとりあえず各サイズ5枚ずつ発注すれば、全員の分は足りると思うの。
 残った分は店頭の人形に着せたり、試験的にこの店で販売してもいいわね。」

「おば様、具体的な販売価格はいかがいたしましょう?」

「そうね、主なコストは布地と服飾ギルドへの支払いよね。
 1着当たり40Gに抑えられればいいわよね。」

「そんなに安く……?
 我々がスーツをオーダーして200Gですよ。」

「それは何日もかけて職人が一人一人に合わせて作るからですね。
 この作り方ならば、1日50着は作れるでしょう。」

 トーマスもこの企画の本質がわかり、興奮気味だった。

「ならば服飾ギルドとの交渉がこの企画の肝心なところだな。
 よしグラン、試作ではこちらが多少損をしてもかまわん。
 相手に有益な交渉を進めるのだ。
 実際に作ってもらわなければこの企画の良さは伝わらないのでな。」

「はい、わかりました。」

「アニー、あなたは今日一日この服で過ごしてちょうだい。
 夕方、お茶の時間にでも感想を聞きたいわ。
 あと、使用人たちにもこれを着てみたいか聞いておいて頂戴。」

「ええ、きっとみんな気に入ると思いますよ。」

 まずは職人に木枠を作ってもらい、後で私が試しに作ってみることになった。

「今日は朝から素晴らしい話が聞けて良かった。
 これがうまくいけばコレットも立派な事業主だな。」

 父が期待を込めて言った。

「ええ、ぜひとも成功させましょう。
 そして新しい商売として定着させましょう。
 これは街の様子を一変させるでしょうね。」

「ああ、すべては交渉次第だ。
 頼んだぞ、グラン。」

 私はこの企画が皆にとって明るい未来につながっていくことを願った。

 コレット・コレクションのお披露目は確実に近づいていた。
 
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