告発のメヌエット
第35話 歯車
「ところで『馬車馬』の演奏は、どのようなプランを考えているのかね?」
「そうですね、私のピアノももちろんですが、オーケストラに所属していない個人の演奏者を招いてピアノと共演も考えています。
ヴァイオリンやクラリネットなどを、客席と近い距離で演奏ができるようにしていただければ、その後の営業にもつながるかと。」
「ふむ、さしずめ路上コンサートのようなものを酒場でやるわけだな。」
「ええ、路上では人気の演奏者がいますので。
もちろん男性ですが。」
「『馬車馬』にはかつてない、女性たちの熱気にあふれることだろうな。」
「そうですな。では内装はそのように設計するように伝えておきます。」
トーマスはメモを取り、職人への指示をまとめていた。
「そういえば、その彼の紹介で、以前『エデン』のフロアーでも演奏をしていた時期がありました。
そこでBGMとして彼の演奏に合わせてピアノの演奏をしていたのです。」
私と父、トーマスまでもが目を合わせた。
父は慎重に話を切り出した。
「そこはどんなところだった?」
「ええ、貴族様の依頼で演奏したのですが、静かにラウンジで酒を楽しむところでしたよ。
女性がやってきて、連れ立って行かれる方もいましたから、待ち合わせ? に使っていたのでしょうか。
落ち着いた雰囲気のいいお店でした。
しかもチップをたくさんいただいたので、よく覚えています。」
「よほど気前のいい客が集まるところなのか?」
「そうですね、貴族様の接待用に使われることが多いとかで、上客が集まっているとのことです。
ただし、客のことは一切詮索してはならないし、話しかけてもいけないという約束でしたから、どちらの方がお見えになっているかはわかりませんでした。」
「さしずめ政治的な意図のある方も使っていたのであろう。
商人との取引も、すべてが明らかにできるものではないからな。」
「そうですね、ですから私もお話したのはその貴族様だけでした。
二人も演奏者を呼んでいただけるなんて、気前のいい貴族様だと。」
「それはずいぶんと趣味のいいお方だな。
その貴族様はどちらの?」
「確か、カザック子爵家のミハイル様だったと思います。」
「!!」
父は私が動揺していることに気づいた。
「ジョージ先生、今日は楽しい話をありがとう。
委細はトーマスと打ち合わせをしてくれ。」
そう言って話を切り上げた。
「かしこまりました。
それではまた次にレッスンでお邪魔いたします。」
私は先生を見送ると、すぐに父の元へ向かった。
「なるほど、これは気付かないはずだ。
カザック隊長が歓楽街の巡回を強化した理由も、密輸に使われた馬車の存在を知っていた理由も、これで納得がいく。」
「カミルの死に関しても半ば強引に事故と断定したのも?」
「カザック隊長が、『エデン』のいう『上』であれば……だ。
すべてのつじつまが合う。
でも、それを証明する術は?」
「ここは慎重に事に当たるべきですな。
カザック隊長とは面識がありますので、それだけにこちらの動きを知られると厄介です。」
トーマスは私にそう言ってくぎを刺した。
一つの歯車によって様々なことがつながりだし、動き出したようだった。
ただし確証はない。
あとはダイス先生の『証言』があれば、真相に近づくことが出来るのに。
「ふぅ……先生は私にこころを開いてくれるかしら。」
あのとき、先生は何かを言いかけた。
もし彼が真実を知っているなら、私にそれを明かすだろうか?
それとも、彼自身がその秘密に囚われているの……?
私に何かを言いかけた時の彼の表情が、頭から離れない。
固く「何か」の秘密を守ることを強要されているのだろうか。
私は巧妙に仕組まれた陰謀に、寒気を覚えていた。
まるで目に見えない糸が私を絡め取っていくような気がした。
もう後戻りはできない。
カミルの死の真相が、この陰謀の中心にあるのなら……。
私はどこまで踏み込むべきなのだろうか?