告発のメヌエット
第39話 解放
ショージ先生のレッスンが始まり、私はいつものようにカイルとともに傍らで一緒に過ごしていた。
「このゴールドベルグ変奏曲を選んだのはなぜだい?」
「これはお父様が亡くなったときに、この曲を弾いてみたくなったの。」
「それは……?」
「おやすみなさい、お父様って。」
ジョージ先生は少し考えてから、
「そうだね、きっと安らかに眠ってくれたと思うよ。
その気持ちを届けたいんだね。
わかりました。それならこのように編曲してみようか。」
ジョージ先生は冒頭の和音を短調に変えて、少し物悲しい雰囲気を出して演奏し、後半に向けて徐々に明るくなるような演奏をした。
これには私もアリスも心を打たれ、目には涙を浮かべていた。
「先生、これじゃ私は演奏しながら泣いてしまうじゃない。」
「それくらいの気持ちがこもった演奏をするとね、君の演奏がたくさんの人の心に届くと思うんだよ。きっとお父様にもね。」
「……やってみます。
お父様と一緒に演奏家になるんだから。」
私にはアリスが気持ちに向き合えるように、ジョージ先生が気を遣ってくれたのだと思えてならなかった。
アリスにとってこの曲と向き合うことは、カタルシスなのだな。
私の目からも涙があふれていた。
「今日はコレット様にも聞いていただいているので、僕からはこの曲を贈ります。」
そう言ってアリスを私の隣に座らせて、ジョージ先生は演奏を始めた。
モーツアルトの「レクイエム:涙の日」だった。
涙に暮れている情景から、徐々に力強く、そして迷いながらも未来への希望を持つかのような曲調に変化し、最後は明るい和声に励まされているようだった。
いつの間にか私たちの部屋には父やトーマス、エリックとサラ、それにメアリーも一緒にジョージ先生の演奏を聞いて涙していた。
「先生、ありがとうございます。少し元気になれたかな。」
私はそう言ってアリスの頭をやさしく撫でていた。
「聞いていただき、ありがとうございました。」
先生が一礼すると、拍手が沸き起こった。
「今度は私が誰かを励ます演奏をしたい。
先生みたいに人の心に響く演奏ができるかな?」
「ええ、きっとできるわよ。
人を感動させる演奏をね。」
感涙……人は、悲しみだけでなく、心が満たされたときにも涙を流すのだな。
私は改めてそう感じていた。
かつて私も、カミルの死に囚われ、前を向くことができなかった。
でも、アリスやカイル、父、そして仲間たちに支えられて、こうして新しい道を歩み始めている。
ならば……ダイス先生も、きっと。
彼が負った傷は深く、罪悪感に縛られている。
それでも、もしもこの音楽が彼の心に届くならば、私たちと共に、新しい未来へと歩んでいくことができるのではないか。
そう願わずにはいられなかった。
「ではお嬢様、これから先生と打ち合わせがございますので、これにて失礼させていただきます。」
そうトーマスが切り出すと、皆は部屋を出てそれぞれの持ち場に帰っていった。
「私も行って来るわね。
先生、ありがとうございました。」
「いえいえ、アリス、お父様がきっと聞いているからね。
ちゃんと届くように演奏をしようね。」
「はい、頑張ってみます。」
そう言ってアリスは早速ピアノに向かった。
カイルも父を思い出したのか、百科事典を眺めて幸せそうな笑顔をしていた。