告発のメヌエット
第4話 悲報
早朝、何者かが玄関のドアをたたいていた。
トーマスが不機嫌そうに応対したが、来訪者からの知らせを聞き、すぐにお父様の寝室のドアを叩きながら声をかけた。
「ご主人様、朝早くから失礼します。」
「何事か、こんなに早く。」
「騎士団の巡回警備の方からの知らせです。
至急、詰め所に来て欲しいと。」
「今支度をする。
少し待て。」
「はい。」
返事をするなり、侍女頭のメアリーに、
「すまないね、メアリー。
旦那様がお出かけだ。
すぐに支度を。
それからコレット様にも、起きてくるようにお伝えしてください。」
「はい、かしこまりました。
お子様たちにはいかがいたしましょうか?」
「しばらくご主人様と外出されるかもしれないので、起きてから事情を伝えて朝食を。」
「かしこまりました。」
そう言って、私を起こしに来た。
「コレット様、朝早くに申し訳ございません。
ご主人様がお呼びです。」
私は昨夜からあまり眠れていなかったので、声を聞いてすぐ目が覚めた。
「ええ、わかったわ。少し待っていてくれる?」
そう言って、二人の子供を起こさないように、ゆっくり起きて二人にキスをした。
「行って来るね。」
私はなんとなく玄関でのトーマスの応対を聞いていたので、ただ事ではないという雰囲気を察していた。
ちょうど私がお父様の執務室に入ったとき、トーマスがお父様とお話していた。
「いいかね、コレット。落ち着いてよく聞くんだ。」
父も落ち着かない様子だった。
「先ほど、カミル君が亡くなったそうだ。
ルイウ川の川岸に打ち上げられているところを、発見されたらしい。
詳しいことはわからないが、詰め所に来て欲しいとの話だ。」
突然の知らせに、私は気を失いそうになって、ソファーに倒れ込んだ。
私たちとの間はうまくいかなかったとしても、お互いに立ち直って、元気に暮らしていくのだろうと考えていた。
この知らせは衝撃だった。
「とにかく詰め所へ向かおう、身元の確認に協力してほしいとの話だから。」
「ええ、わかりました。」
そう言って馬車に乗り、騎士団の詰め所へ向かった。
もうすぐ夜が明ける。
夏とはいえ夜明け前は少し肌寒かった。
東の空が薄紅色に染まりはじめ、夜の帳が静かに消えていくのを感じた。
「おはようございます、朝早くからすみません。」
先ほど遣いに来た兵士が声をかけた。
私たちは突然のことに声も出なかった。
詰め所では、巡回に当たっていた兵士の上官と思われる兵士が、彼等から発見時の様子を聞き取り、調書にしたためていた。
「こちらです。」
案内された小部屋には、荷車に乗せられ、布を掛けられた遺体が安置されていた。
「それではご確認をお願いします。」
覆っていた布を持ち上げ、顔が見えるようにした。
間違いなくカミルだった。
私は思わずお父様に縋り付いて、目をそむけた。
「エダマの代官、カミル・ラタゴウ氏で間違いありませんね。」
「ああ、その通りだ。」
父もようやく声を絞り出して答えた。
信じられなかった。
馬車の中で何度も何度も「誤報であってほしい」と願ったが、目の前の遺体を見た瞬間、すべてが崩れ去った。
「間違いであってほしい……」
そう願いながらも、足が震え、声が出ない。
父に縋るようにして立ち尽くし、冷たくなったカミルの顔を見て、涙がとめどなく溢れた。
「このような非業の死を遂げて、さぞかし無念であったろう。」
お父様の目にも涙が浮かんでいた。
私は人目もはばからず、声を出して泣いていた。
「この度は誠に残念なことになりました。
ご心中、お察し申し上げます。」
そう班長が声をかけた。
「コレット夫人、落ち着いたころにお話を伺いに行きます。
まずはお身体をお休めください。」
そう言って、私を気遣ってくれた。
私は父とともに帰宅することになった。
今後はダイス医師による検死が行われるそうだ。
発見した兵士からの報告には、状況から見て、酒に酔った末の事故の可能性が高いと判断しているようだった。
自宅へ戻ると、朝食の支度が整っていた。
これからアリスとカイルを起こしに行くところだった。
「わたくしが子供たちに声をかけてきますね。」
そう言って、自室に戻った。
お父様はトーマスと、今後の対応について話をしていた。
私は自室に戻ると、涙でくしゃくしゃになった顔を洗い、できるだけ気丈に振舞って、子どもたちに声をかけた。
子供たちに父親が亡くなった事実を伝えるのは、詳細がわかってからにすることにした。
「おはよう、アリス、カイル。」
「おはようございます、お母様。」
アリスが元気に挨拶をする。
「お母様、おはよう……。」
カイルは眠たい目をこすっていた。
「さあ、朝食の準備ができたみたいよ。
朝の支度をしないとね。
カイルは一人でできるかな?」
「うん、大丈夫だよ。
もう一人でできるようになったもの。」
そう言っていたが、私はカイルの世話をし、アリスの髪を結いあげた。
子どもたちとの触れ合いに、つかの間の安らぎを感じた。
「アリスお嬢様、サラです。
タオルをお持ちしました。」
「ええ、入って頂戴。」
アリスが答えた。
サラは、アリスの一つ下で、侍女見習としてこの屋敷に暮らしている小柄な少女だ。
サラが部屋に入るとアリスは、サラに向かって小さく手を振っていた。
「いつの間に仲良くなったの?」
「昨日ピアノを弾いているときに、ずっと部屋の外で聞いていた子がいたの。
『中へどうぞ』って言ったら、一緒に練習を聞いてくれるようになったの。」
「そうだったのね。」
私が微笑むと、アリスは少し誇らしげな表情を浮かべた。
「おはようございます、アリス様、えっと……。」
「コレットでいいわよ。」
「はい、コレット様。」
サラは元気に答えていた。
ダイニングではメアリーとサラが、かいがいしく朝食の支度をしていた。
「本当に子どもたちって、仲良くなるのは早いものよね。」
「ええお嬢様、私もあの子がここでうまくやっていけるか心配だったのです。
アリス様が優しくしてくださって、わたくしも少し安心しているところです。」
「お嬢様って?」
アリスが不思議そうな顔で私を見ていた。
「おいおい、結婚して子供もいるんだ。
もう『お嬢様』とは呼べないな。
それにもうお嬢様という年齢ではないのだから。」
父は豪快に笑っていた。
むしろ務めてそうしているかのように見えた。
「それもそうね、私は『コレット』でいいわ。
お嬢様の称号はアリスに譲ります。」
「ねえ、僕は?」
カイルが不満げに口を尖らせる。
「ふむ、そうだな……。
ではカイルお坊ちゃまと呼ぶか?」
父が豪快に笑うと、カイルも得意げに胸を張った。
「これで二人は、ハイマー家の子息令嬢だな。」
父はまたも大笑いしていた。
今日の朝食は、穏やかで明るい雰囲気の中で終わった。
しかし、その陰で、私はまだカミルの死を、どう受け止めるべきか迷っていた。
その様子を見ていたトーマスは、ハンカチで目頭を拭っていた。