告発のメヌエット

第5話 小包


 午後になって、代官邸から私と家族の荷物が届いた。
 馬車4台を連ねての大移動。

 通常の早馬とは違い、ゆっくりと運んでくるために2日かかる。
 運送屋の人々にお礼を言いながら、私たちの私室に運んでもらった。
 
 今朝カミルの死を聞いたばかりなのに、もう荷物が届くなんて。
 まるで計ったかのようなこのタイミングに、神様のいたずらとしか思えなかった。

「奥様、こちらに受け取りのサインをお願いします。
 それからこの荷物なのですが、直接奥様にお渡しするように、旦那様の指示がありました。」
 
 そう言って何気なく伝票を見ると、発注したのは7月19日。
 丁寧に指示事項が記載されていた。

 前金で領収済み。
 少し多めの金額で、おそらく手間賃も含まれているのだろう。
 そういう気遣いができる夫だったと、涙がにじんだ。
 
 受け取りのサインをして、運送屋に礼を言う。
 アリスは、サラとともに自分たちの荷物を荷ほどきし、クローゼットに収めている。
 カイルはメアリーとともに荷ほどきをしていた。
 私は荷解きを後回しにして、先ほどの伝票と、カミルからの小包を持って私室に入った。

 小包を開けると、中から手紙とともに私名義の銀行の預金通帳、現金、ピアノの発注書と、百科事典の発注書、ハイマー商会宛ての封書が入っていた。

「あら?」

 包み紙から滑り落ちやた1本のマドラー……。
 どうしてこんなものが入っているのかはわからない。
 けれども、彼が遺したものだということには変わりはない。
 私は丁寧に包み紙に戻しておいた。
 
 愛するコレットへ

 僕はどうにかなってしまったらしい。
 兄の紹介で、とある貴族との取引があったのだが、それがもとで僕はトラブルに巻き込まれてしまった。
 詳しくは言えないが、僕は秘密を守ることを強要され、口外すれば始末すると脅されていたんだ。

 このままでは家族に何かされると思い、兄に相談した時に、君との離婚を勧められたんだ。
 そうすれば家族に危害が及ぶことはないと。
 
 だから、君には悪いけど、僕たちはどうしても離婚しなければならない。
 君とはつらい別れになってしまうだろうけど、どうか子供たちと元気に過ごしてほしい。
 
 アリスにはピアノを、カイルには百科事典を贈ろう。
 二人の成長を見ることが出来ないのが残念だけど、僕は遠くへ身を隠そうと思う。
 
 いつかまた、会えることを神様に祈っているよ

           僕の愛する家族へ ラブ カミル

 これはどういうこと?
 私の頭は混乱し、手紙を握る手が震えた。

 カミルは私を憎んでいなかった。
 それどころか私たちのためにできることを考えていてくれていた。

 なのになぜ?
 
 私はこの手紙を持って父の執務室へ急いだ。
 ドアをノックして、父の返事を待たずに中に入った。

「お父様、カミルからの手紙が入っていました。」

「カミル君からか、なんと書かれていた。」

「こちらを。」

 そう言って私は父に手紙を渡した。

「……。」

 父は無言で手紙を読み、

「こんなバカな。カミル君は殺されたも同然ではないか。」

「そしてこれがラタゴウ領主から私たちハイマー商会への封書です。
 カミルの手紙と一緒に入っていました。」

 父が封を開けると、借財2,000,000G返済の約束手形とともに、
 ハイマー商会への絶縁状ともとれる内容の手紙が入っていた。

 父は手紙と手形をしばらく睨みつけた後、声を荒げた。

「どういうつもりだ!
 あの家にこんなに金があるわけがないだろう!」

 私も驚きを隠せなかった。
 確かに街の増収分は大きかったが、それにしてもこの金額は異常だ。
 どこか別のところから金を借りたのだろうか。

「カミル君は……そうか……。
 もう会うことは叶わないのだったな。」

 父が深いため息をついた。
 その背中には、領主への娘を傷つけられた怒りと、カミルへの哀悼が混じっているのが見て取れた。
 トーマスが一礼をして退室した後、お父様と今後の生活について話をした。

「そうだな、こうなった以上、お前たちはこの家で暮らすといい。
 亡くなったお前の母も、ここがにぎやかになって喜ぶであろう。
 私も退屈しないで済みそうだ。」

 そう言ってくれたが、領主家から受けた娘への仕打ちに戸惑っているのがわかった。

 ふと、運送屋の伝票に目をやると、7月20日の午後に代官邸で荷造りをするよう指示されていた。
 その後一時倉庫で保管し、23日の午後に帝都のハイマー商会へ到着するように指定されていた。

「自宅が荒らされることを予想して、荷物を事前に移していたのね。」

「ああ、そうだな。
 子供たちとの大切な思い出の品も、荒らされてはたまらないからな。」

 自分の身に危険が及んでいても、最期まで家族思いだった夫のことを、私は理解しようとしていたかしら。
 
 こうした後悔の念が押し寄せてきて、私は押しつぶされそうになった。


 夕方、使いの者が百科事典を届けに来た。
 差出人はカミル、受取人にはカイルの名が記されていた。
 最近字が読めるようになったカイルへの、ささやかな演出だった。

「わぁ、お父様からだ!」

 無邪気に喜ぶカイル。
 私は涙をこらえながら、精一杯の笑みを作った。

「そうね、素敵なプレゼントだわ。
 これじゃ、ますます勉強しないと、お父様に笑われてしまうわよ。」

 トーマスが優しく声をかけた。

「さぁ、カイルお坊ちゃま、お部屋で開けましょうか。」

「うん。」

 そう元気に返事をしながら、カイルは百科事典を抱えて部屋に向かった。

 夕食後、私は父と執務室で話をしていた。
 今後、子供たちにこの事実を伝えるかどうか。
 トーマスを交えて3人で相談した。

「おそらく領主は絶縁状を手形とともに叩きつけたのだから、葬儀への参加は認められないだろう。
 カミル君に会わせることが出来るのは、検死を終えて、棺に納められてからということになるな。」

「ええ、そうね。
 子供たちを大人の事情に巻き込むわけにはいかないので、静かに家族だけで見送りをしましょう。」

「そうであれば、ダイス医師へ連絡して、少し時間をいただけるように手配を頼む。」

「はい、ご主人様。そのように手配いたします。」

 私は寝室に向かうと、アリスとカイルがまだ起きていた。

「お母様、大丈夫?
 なんだか元気がないから心配なのよ。」

 アリスが声をかけてくれた。

「ええ、大丈夫よ。」

 そう言って眠たい目をこすっているカイルの頭を撫でて、寝かしつけた。

「さあ、明日も早いわよ。
 今日はゆっくり寝なさい。」

 アリスにも眠るように促した。

 明日はカミルとの別れの日となる。
 今までの二人の歩みを思い出しながら、心に留めるように繰り返し思い起こしていた。

 二人の出会い、結婚式、アリスの誕生。
 子供が生まれた後の子煩悩な様子。
 カイルの出生には大喜びしていたこと。

 裕福ではなくとも街の代官として仕事をこなしていた日々。
 街の発展に将来の夢を膨らませていたこと。

 美しい日々ばかりが思い出される。

「本当に苦しかったのだろうな。
 私たちを守るために、一人で立ち向かっていたのだから。」

 そう思うとまた涙がこぼれた。

 川の水はさぞ冷たかったのだろう。
 夫の無念を思うと、怒りがこみあげてきた。

 夫は何者かの陰謀に巻き込まれて死んだのだ。
 そう確信するものの、今の私には何一つ夫の身に起きたことを理解することが出来なかった。

「どうしてカミルは死ななければならなかったのだろう。」

 そんなことを考えながら、子どもたちの寝顔を見ていた。

 月明かりが優しく窓から差し込み、静かに夜も更けていった。

 
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