温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
「……それでいい」
低く呟いた次の瞬間、彼は迷いなく身を乗り出し、波瑠の唇を奪った。

「……んっ……」
驚きに息が詰まり、グラスを握る指先が震える。だが逃げる隙さえ与えられず、圭吾の腕が彼女をしっかりと抱き寄せる。

「……波瑠」
名前を吐息に混ぜながら、さらに深く口づけを重ねる。
圭吾の熱がすべてを覆い尽くし、波瑠の中の抵抗は瞬く間に溶かされていった。

圭吾の腕に絡め取られ、息を奪われるほどの口づけが続いた。
波瑠の頬は熱に染まり、心臓は暴れるように脈打つ。
「……圭吾……」
吐息まじりに名前を呼んだ瞬間、彼はさらに唇を深く重ねてきた。

 その時。
「失礼いたします。ケータリングをお届けに参りました」

 玄関から控えめな声が響き、二人はわずかに身を離した。
波瑠の唇はまだ震えていて、頬には紅潮が残っている。

圭吾は彼女の髪をそっと撫で、低く囁いた。
「……ちょうどいい。今夜はまだ、始まったばかりだ」

 名残惜しそうにその腕を解き、彼はゆったりと立ち上がり、ドアの方へ歩いていった。

コンシェルジュが恭しくワゴンを押し入れると、テーブルの上に次々と料理が並べられていった。
香ばしい前菜、彩り豊かなサラダ、メインの肉料理にデザートまで。洗練されたコースの数々が、白いクロスを敷いたテーブルを華やかに彩る。

「失礼いたしました。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ」
スタッフが去り、再び静寂が訪れる。

 圭吾はシャンパンを注ぎながら、波瑠に微笑んだ。
「改めて……誕生日おめでとう、波瑠」

 差し出されたフルートグラスに、波瑠は少し照れたように微笑んで応じる。
「ありがとうございます。こんなふうに祝っていただけるなんて、思ってもみませんでした」

 グラスが澄んだ音を立て、泡がきらめきながら弾ける。

白い皿に盛られたメインディッシュをナイフで切り分けながら、圭吾が問いかけた。
「美術館も観劇にも行くと言っていたな。……映画はどうだ?」

 波瑠はグラスを置き、少し考えるように目を細める。
「たまに行きますよ。どうしても大スクリーンで見たいときとか。でも……自宅で見ることのほうが多いかな」

「どんなのが好きなんだ?」
圭吾が問いかけると、波瑠はフォークを置き、少し首をかしげて答えた。

「どんな映画っていうよりも……役者で選ぶほうが多いと思います」

「誰が好きなんだ?」
興味を示すように視線を向ける圭吾に、波瑠は楽しそうに指を折った。

「キアヌ・リーヴスとか、マット・デーモン。あと、ケイト・ウィンスレットも好きです」
グラスを軽く揺らしながら、笑みを浮かべる。
「日本人だと……樹木希林さんとか。最近は見なくなりましたけど、金城武さんも好きですね」

 圭吾は一瞬目を細め、グラスを唇に運んだ。
「……なるほどな」

そして低く、楽しげに続ける。

「いい男ばかりじゃないか」

 波瑠は思わず笑みをこぼし、肩をすくめた。
「そうですか? ただ……演技に惹かれるんです。物語の中で輝く姿が素敵だなって」

波瑠はグラスを傾け、少し挑むように笑った。
「……圭吾だって、自分のこと“いい男だ”って思っているでしょ?」

 圭吾は一拍も置かずに答える。
「当たり前だぞ」

「そこは普通、“そんなこと思っていない”って否定するとこなんだけど……」
苦笑まじりに首を振る波瑠に、圭吾は声を低くして笑った。

「俺様よね」
「そうだ。だが、お前がそう呼ぶなら、なおさら悪くない」

 冗談めかしたやりとりの裏に、確かな甘さが満ちていく。
波瑠は、彼の“俺様”な自信が不思議と心地よく胸に響いていることに気づいていた。

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