温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
「優しいに決まってる」
波瑠はきっぱりと言い切った。

 その言葉に、圭吾の目が一瞬やわらぐ。
だが彼女は続けた。

「でも……気が短いとか知らなかったし、こんなに強引な人なんて、想像できなかった」

 小さな苦笑を浮かべる波瑠に、圭吾は目を細める。
「……お前にだけだ」

 低く囁かれた声に、波瑠の胸が大きく震えた。
温厚な紳士の仮面を脱ぎ捨てて見せるのは、自分にだけ、その事実が、たまらなく甘く感じられた。

「で……一体、何を考えていたんだ?」
圭吾の低い声が夜気を裂く。

 波瑠はカプチーノのカップを見つめ、答えを飲み込んだまま沈黙した。

「俺の強引さがわかっているなら、さっさと答えてくれ」
視線を逸らさせないように、圭吾の目が鋭く射抜いてくる。

「……」
言葉にできずに唇を噛む波瑠。

 その様子に、圭吾はわずかに眉を寄せ、さらに身を寄せた。
「……波瑠。俺は待つのが苦手なんだ。ほら、言え」

 夜景よりも熱く、彼の声が胸の奥まで迫ってきた。

「……今まで、何人の女の人と……ここに、こうやって並んで時間を過ごしていたんだろうって」
波瑠は小さな声で言葉をつなぎ、視線を夜景に落とした。
「そう思ったら……もやもやしてきたの」

 静かな告白に、圭吾は一瞬驚いたように眉を動かした。
そしてすぐに、ふっと唇の端を上げる。

「……なるほど。お前、嫉妬してたのか」

 すねたような響きを混ぜながらも、声には熱がにじんでいる。
「安心しろ。ここに並んで夜景を見せたのは、お前が初めてだ」

「夜景以外は?」
波瑠は思わず口にしていた。自分でも驚くほど、声が少し尖っていた。

 圭吾はわずかに目を細め、彼女をまっすぐ見つめる。
「……夜景以外?」

「……娘以外は、この部屋に入ったこともない」
圭吾の声は低く、しかし揺るぎなかった。

 波瑠が驚いて顔を上げると、彼の瞳は真剣に彼女だけを映している。

「ここに一緒に座って、何かをしたこともない。……波瑠が初めてなんだ」

その言葉に、波瑠の胸が大きく揺さぶられる。
初めて。
自分だけが与えられた特別。

「俺は一つでいいと思ったんだ」
圭吾はバルコニーのチェアに視線を落としながら言った。
「この部屋の家具は、ほとんど俺が選んでいる。けどな……娘の綾香の意見も入ってる」

 そこでふっと笑みが浮かぶ。
「“お父さんの将来の彼女のために、もう一つ買うべきだよ”って、真顔で言われてな」

 その時の様子を思い出したのか、圭吾の声には楽しげな響きが混じっていた。
普段は滅多に見せない柔らかな表情。

「……離れていて、さびしい?」
波瑠がおそるおそる尋ねると、圭吾は一瞬だけ空を仰いでから、静かに答えた。

「いいや……って言ったら、嘘になるな」
低い声にわずかな寂しさがにじむ。

 けれど次の言葉は、力強かった。
「でも、それ以上に――応援しているんだ。あいつには、いろんな体験をしてほしいからな」

 夜景の光を映す圭吾の横顔は、父親としての誇りと愛情に満ちていた。
波瑠は胸が熱くなり、そっと彼の手を握った。

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