温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
カーテンの隙間から差し込む朝の光で、波瑠は目を覚ました。
ベッドの隣はすでに空で、シーツには温もりだけが残っている。

「……どこに行ったんだろう」
小さく呟きながら身支度を整えると、静まり返った部屋に足を運んだ。

 キッチンのシンクには昨夜のグラスが並んでいる。
波瑠は袖をまくり、手際よく洗い物を済ませ、テーブルやカウンターも軽く片づけた。

 最後にメモを取り出し、ペンを握る。
迷いなく書き記した。

 小さく息を吐き、手紙をテーブルに置く。
振り返った瞬間、広々としたリビングに一人きりの静けさが胸に染みた。

「……ありがとう」
心の中でそっともう一度呟き、波瑠は部屋を後にした。

マンションを出ると、早朝の冷たい空気が頬を刺した。
吐く息は白く、夜を共にした熱の余韻がまだ体の奥に残っている。

足を進めながら、波瑠の胸は昨夜の出来事でいっぱいだった。
アフタヌーンティークルーズ、旧芝離宮の庭園、シャンパン、十二種類のケーキ。
そして、タンザナイトという誕生石のネックレス。

思い返すたびに頬が熱くなる。
「……夢みたい」
小さくつぶやくと、胸の奥がじんわりと温かく満ちていった。

強引で、気が短くて、けれど誰よりも優しい。
圭吾の腕の中で感じたすべてが、まだ鮮明に残っている。

駅へと向かう道のりで、波瑠は何度も振り返りそうになる自分に苦笑した。
「……昨日は最高の誕生日」
心の中で繰り返しながら、彼のことを思うだけで足取りは軽くなっていた。


ランニングを終え、息を整えながら部屋へ戻る。
ドアを開けた瞬間、静かな気配が広がっているのを感じた。

「……もう、帰ったのか」

シンクの脇には昨夜使ったマグカップがきれいに洗われ、カウンターも整えられている。
その几帳面さに、自然と口元がほころんだ。

 ふと目をやると、テーブルの上に一枚の便箋が置かれていた。
圭吾はそれを手に取り、視線を落とす。

 圭吾さん、昨日は最高の誕生日をプレゼントしてくださり、ありがとうございました。
どうぞ、お体を大切にお過ごしください。
                              波瑠

几帳面な筆跡が、彼女の真面目さと心根の優しさを映し出していた。
圭吾はメモを握る手に力を込め、低く呟く。

「……波瑠」

 胸の奥に、熱く疼くものが広がる。
彼女を想うだけで、理性も自制も簡単に揺らいでしまう。
そんな女は今まで一人もいなかった。

「……逃がす気はない」
決意の言葉が、静かな部屋に響いた。

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