温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
圭吾は便箋を胸にしまい、スマートフォンを手に取った。
ためらうことなく文字を打ち込む。

 おはよう、波瑠。
朝のジョギングに行っていた。見送りもできずに、済まない。
俺は君の誕生日を一緒に過ごせて、楽しかった。……ありがとう。

送信ボタンを押すと同時に、胸の奥にじんわりとした温もりが広がった。
普段は多くを語らない彼が、素直に「ありがとう」と打ち込んだ。
その言葉が、彼自身にとっても大切なものに思えた。

送信から数分もしないうちに、画面が光った。
圭吾はスマートフォンを手に取り、そこに表示されたものを見て思わず笑みをこぼす。

パンダがお辞儀をしているスタンプ。

「……そう来るか」
低く呟き、肩の力が抜けた。

 素直に「ありがとう」と返す代わりに、愛嬌のあるパンダで気持ちを伝えてくる。
遠慮がちで、けれど温かくて…まさに波瑠らしい返事だった。

圭吾は画面を見つめながら、胸の奥にふつふつと熱を覚えた。
「……面白い女だ」
独り言のように洩れた声は、静かな部屋に甘く響いた。

圭吾は思い返していた。
波瑠のくるくると変わる表情。
無邪気に笑ったかと思えば、ふとした瞬間に見せる屈託のない笑顔。そのどれもが愛おしい。

 けれど、抱いた時の彼女はまるで別人のようだった。
柔らかさの奥に潜む成熟した女の色気。
そのギャップが、圭吾の心を深く掴んで離さない。

「……本当に、魅力的だ」

 胸の奥で熱が高まっていくのを感じながら、彼は静かに立ち上がった。
抑えきれない衝動を鎮めるかのように、バスルームへ向かい、シャワーの水音に身をゆだねていった。



電車に揺られながら、昨夜のことを思い出していた。
ネックレスの輝きも、彼の低い声も、まだ胸の奥に残っている。
窓に映る自分の顔が少し赤いのを見て、思わず目を伏せた。

 そのとき、カバンの中のスマートフォンが小さく震える。
画面に表示された送り主の名前に、心臓が跳ねた。

読み終えた瞬間、胸がじんわりと熱くなる。
(……圭吾さんも、同じ気持ちだったんだ)
言葉にしてくれたことが嬉しくて、どう返せばいいのかわからなくなる。

迷った末に、波瑠はスタンプを選んだ。
小さなパンダがお辞儀をしている。
送信ボタンを押したあと、波瑠は画面を胸に抱くようにして目を閉じた。

圭吾のように多忙な人の時間を、これ以上奪いたくはない。
たとえ彼が優しく「また」と言ってくれても、私から求めるのは違う気がした。

(……私はおとといの夜、あのバーで圭吾さんに会ってから……)

思い返すだけで頬が熱を帯びる。
アフタヌーンティーも、夜景も、ネックレスも、彼の抱擁も。すべてが夢のように素敵で。

(……もう充分。これ以上を望んだら、罰が当たりそう)

そう心の中で呟きながら、波瑠はスマートフォンをそっとバッグにしまい込んだ。
窓の外に流れる街並みが、昨夜とは違う色合いで輝いて見えた。
< 27 / 85 >

この作品をシェア

pagetop