温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
シャワーの湯気をまといながら、波瑠はバスルームの扉を静かに開けた。
濡れた髪から滴る雫が肩を伝い、薄手のバスローブの襟元を濡らしていく。

リビングの灯りは落ち着いたまま…けれど、その中央に、圭吾は腰を下ろして待っていた。
足を組み、ゆったりとした姿勢でありながら、その鋭い視線はまるで逃げ道を塞ぐ檻のよう。

「……思ったより、早かったな」

低い声が空気を震わせ、波瑠の足が止まる。

スリップをまとった波瑠を見つめながら、圭吾はゆっくりと手を伸ばした。
滑らかな布越しに腰を引き寄せると、彼女の身体は抵抗もなく胸に収まる。

「……やっぱり、似合う」
低く熱を帯びた声。

次の瞬間、圭吾の唇が波瑠の首筋に触れた。
絹の衣擦れの音と、熱い吐息が肌に広がる。

「あっ……」
思わず震える声が漏れる。

首筋にいくつもの口づけを落としたあと、圭吾はゆっくりと顔を上げた。
熱を帯びた瞳で彼女を見下ろし、息をのむように呟く。

「……綺麗だ、波瑠」

ただの称賛ではなかった。



まだ外は淡い朝の光に包まれていた。
波瑠はそっとベッドを抜け出し、寝息を立てる圭吾を振り返る。
昨夜の余韻に頬を染めながらも、小さく微笑むと、静かに身支度を整えた。

「……何か、作ってあげたい」

思いつきのように呟いて、財布と携帯だけを手に玄関を出る。
早朝の空気は少しひんやりとしていて、夜の熱を冷ますように心地よかった。

近所のコンビニの店先に並ぶ食材を見ながら、波瑠の胸は不思議な高鳴りに満ちていた。
…彼に朝ごはんを作ってあげたい。
その気持ちだけで、自然と笑みがこぼれる。

味噌の香りがふわりと立ちのぼり、だし巻き卵を巻き上げる音が台所に響く。
そのとき、背後から低く掠れた声がした。

「……うまそうなにおいがする」

振り返れば、寝室から出てきた圭吾が乱れた髪のまま立っていた。
まだ眠気を引きずるような表情なのに、真っ直ぐ波瑠の手元を見つめている。

「起こしちゃいました?」
波瑠が少し照れくさそうに微笑むと、圭吾は肩をすくめて近づいてきた。

「いや……においに負けただけだ」
ソファに腰を下ろしながら、テーブルに並べられていく料理を目で追う。

「味噌汁、だし巻き卵、納豆……」
一つひとつを確かめるように低く呟き、最後に彼女を見つめた。

「はい。海外続きで疲れているでしょう? 炊きたてのご飯と味噌汁なら、少しは落ち着くと思って」

彼の眉がわずかに動いた。
視線が料理から彼女へと移り、その黒い瞳が柔らかさを帯びる。

「……そんなことまで考えて」
低い声に、呆れと照れ、そして深い喜びが入り混じる。

「……ありがとう」

圭吾がそう呟いた瞬間、波瑠は思わず顔を上げた。
強引で支配的な言葉ばかりを浴びてきたのに、そのひと言は驚くほど真っ直ぐで、胸に沁みた。

「そんな……大したことじゃありません」
照れ隠しのように笑うと、圭吾はゆっくりと首を振る。

「俺にとっては、大したことなんだ」
低い声で言い切ると、大きな手が彼女の頬に触れ、温もりが広がっていく。

波瑠は胸がいっぱいになり、ただ小さく「どういたしまして」と返した。


< 36 / 85 >

この作品をシェア

pagetop