温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
「波瑠、もうすぐクリスマスだな。何か欲しいものあるか?」
「もう充分頂いているので、何もいりません」
「じゃあ、したいことあるか?」
「特に何も……」
「俺の楽しみを奪う気か? お前の望みを叶えるのが、俺にとっての最高の贈り物なんだ」

「何かしたいこと?」
その時、波瑠の頭に噂のことがよぎった。…また外出先で圭吾と二人でいるのを誰かに見られたら……圭吾さんに迷惑がかかる。

けれど。
こんなにも真剣に私のことを思ってくれる人に、応えたい。

「海が……見たいです」
小さな声で告げると、圭吾の瞳が一瞬で輝いた。

「海か。いいな」
即答する声に迷いはない。
「一泊二日で行くぞ。場所は俺が決める」

その言葉に、波瑠の胸が甘く震えた。


クリスマスイヴの朝、インターホンが鳴った。
黒の車が家の前に停まっていた。
運転席から降りてきた圭吾が、玄関先まで歩み寄る。
「おはよう。寒くないか?」
当たり前のように荷物を受け取り、助手席のドアを開けてくれる。

「おはようございます……大丈夫です」
自然に差し出された大きな手に導かれ、波瑠は助手席に乗り込む。

走り出した車の窓の外には、次第に広がる海の気配。
やがて視界いっぱいに冬の海が広がり、波瑠の目が輝いた。

「……わあ」
潮の香り、光にきらめく水面。

「子どものころから海のそばで育ったお前に、見せたかったんだ」
ハンドルを握る圭吾の声は低く柔らかく、波瑠の胸に深く染み込んでいった。

車を降りると、潮の香りが冷たい風に乗って広がった。
「……わあ」
波瑠の瞳に、陽光をきらめかせる海が映り込む。

圭吾は彼女の手を取り、臨御橋をゆっくりと渡る。
冬の空は雲ひとつなく澄み渡り、陽射しが海面を銀色に輝かせていた。

橋を渡り切ると、白い砂浜と岩場が広がる。
「ここが、一色海岸だ」
圭吾の声は誇らしげで、けれど柔らかい。

二人は浜辺を歩き、小磯の鼻と呼ばれる岬へと向かう。
潮騒とカモメの声しか聞こえない世界。

岬の先端に立つと、空と海とが溶け合うような水平線が広がっていた。
「すごい……」
波瑠の頬を冷たい風が撫でる。
圭吾はスマートフォンを取り出し、彼女の肩を抱き寄せてシャッターを切った。

二人の笑顔は、海よりも眩しく輝いていた。

快晴の冬空の下、二人は一色海岸を並んで歩いた。
潮の香りと穏やかな波音に包まれ、足元の砂がきしむたび、波瑠の胸は不思議と解きほぐされていく。

葉山しおさい公園へ。
松林を抜けると、落ち着いた日本庭園が広がっていた。
冬の静けさの中に響く水音と松の香り。
「海のそばに、こんな場所があるなんて……」
感嘆する波瑠の言葉に、圭吾は「たまにはこういう静けさも悪くない」と応えた。

しおさい博物館では、海や生き物の展示に足を止める。
波瑠は幼い頃の記憶を思い出すように、貝殻や海藻の標本を眺めていた。
「小さい頃、よく貝殻を集めて遊んだんです」
照れたように話す彼女に、圭吾は目を細めて笑う。
「……想像できるな。昔から可愛かったんだろう」

波瑠は頬を赤くしながら、わざと聞こえないふりをして展示品に視線を向けた。

「……ふん。無視か」
低く笑う声に、心臓が跳ねる。

次の瞬間、耳元に近づいた圭吾の声が囁く。
「聞こえてるくせに」

思わず振り向いた波瑠の瞳と、圭吾の熱を帯びた眼差しがぶつかり合う。
その一瞬の間に、言葉よりも深い想いが交わされたように感じられた。

次に訪れたのは、神奈川県立近代美術館。
大きなガラス窓越しに海を望む館内は、静謐な空気に満ちている。
展示作品を眺めながら、圭吾はふと横に立つ波瑠へ視線を移した。
「……美術品よりも、俺はお前を見ている時間の方が長いかもしれない」
「もう……」
「何言ってんですか。まったく……」

波瑠は心底呆れたようにため息をついた。
「専務は……口もお上手なんですね」

その言葉に、圭吾の口元がゆるむ。
「お上手? 俺は本気で言っているんだがな」

「スムーズ過ぎて、いまいち信用できないというか……何人の女性に言ってきたんだろうって思います」
わざと突き放すように言うと、圭吾はすぐに低く笑った。

「なんだ、やきもちか?」
「ち、違います!」
慌てて否定する声に、圭吾の視線が一段と熱を帯びる。

「……可愛いな。素直じゃないところも」
その囁きに、波瑠の頬はますます赤く染まっていった。

午前の散策を終えた二人は、海岸沿いのレストランへ。
窓の外に広がる青い海を眺めながら、地元の魚介や野菜を使ったランチを楽しむ。
「クリスマスに、海を見ながらランチなんて思わなかった」
波瑠が微笑むと、圭吾はワインを傾けながら応えた。
「俺も思ったことがなかったな」


大きな窓から差し込む冬の光の下、二人はゆったりと食事を楽しみながら、ただ穏やかな時間を重ねていった。
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