温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
夕方二人が到着したのは、海沿いの静かなリゾートホテル。
すぐにスタッフが荷物を受け取った。
フロントで名前を告げる圭吾の所作は慣れていて、無駄がない。
短いやり取りだけで、鍵が用意される。

部屋に案内されると、大きな窓の向こうには夜の海。
室内には小さなクリスマスツリーと、冷えたシャンパンがセットされていた。

「わぁ……」
思わず声を漏らす波瑠。

「気に入ったか?」
圭吾はスタッフに軽く礼をし、扉が閉まるとようやく波瑠に向き直った。
その視線には、彼女だけを見ている熱が宿っていた。

レストランに足を踏み入れた瞬間、ふたりを迎えたのはきらめくイルミネーションと、深紅のポインセチア。
グラスに反射する光が星屑のように瞬き、柔らかなクリスマスキャロルが静かに流れている。

席に案内されると、白いクロスの上には金縁のカトラリーとキャンドル。
テーブル中央には、小さなリースが飾られ、深い緑と赤が夜を彩っていた。

最初に運ばれてきたのは、雪の結晶を模したアミューズ。
サーモンとキャビアをあしらったひと口の冷前菜に、波瑠の瞳が輝く。
「……きれい。まるで宝石みたい」
小さな感嘆の声に、圭吾は横顔を眺めながらグラスを傾けた。

続くスープは、濃厚なポタージュにホイップした生クリームが雪帽子のように浮かび、
メインには、香ばしく焼き上げられたローストビーフが登場する。
切り分けられた瞬間、肉汁がキャンドルの光に赤く艶めき、
赤ワインの芳醇な香りと溶け合って、ふたりの間に甘やかな沈黙が流れた。

食後の余韻が漂う頃、テーブルに運ばれてきたのは白い皿に描かれた小さな聖夜の物語だった。
ブッシュ・ド・ノエルの濃厚なチョコレートが夜空のように艶やかに輝き、その上には雪に見立てた粉砂糖。
脇にはルビーのように赤い苺が寄り添い、金箔がひとひら散らされている。

「……わぁ」
波瑠の目が丸くなり、思わず笑みがこぼれる。
「まるで絵本の中の世界ですね」

ディナーを終え、レストランから廊下を抜けると、ホテルの奥にしっとりとしたバーラウンジが広がっていた。
低く流れるジャズピアノ、磨き込まれたカウンター、琥珀色の光を帯びたグラスたち。
窓際の席に腰を下ろすと、外にはクリスマスのイルミネーションが静かに瞬いていた。

バーテンダーが差し出したメニューを手に取ると、波瑠はふと口にした。
「……そういえば、圭吾さんと会ったのも、ホテルのバーでしたね」

グラスを指先でなぞりながら、圭吾の口元に薄い笑みが浮かぶ。
「覚えていたか。あの夜は……お前が一人でグラスを傾けていた」
「はい。あの時は、まさかこんなふうに一緒に過ごすようになるなんて、思ってもいなかったな」

「そうか」
琥珀色のウイスキーを口に含んだ圭吾が、満足そうに目を細める。

グラスを傾けた波瑠は、すでに頬をほんのり染め、ほろ酔い気分。
「……うふふ、なんだかシンデレラになった気分です」

「どうしてシンデレラなんだ?」
低い声が少しだけ笑みを含んで問いかける。

「魔法で綺麗になって、王子様と素敵な時間を過ごして……でも、真夜中を過ぎれば、また現実に帰ってしまうでしょう?」

「そうか。じゃあ、俺は波瑠を探しに行って、見つけて――そして、俺と波瑠は結婚するんだな」

思いがけない台詞に、波瑠は目を丸くし、すぐに顔を覆った。
「な、何言ってるんですか、圭吾さん……」

「事実を言っただけだ」
あくまで涼しい顔をして返す圭吾に、波瑠は堪えきれず笑い出す。
「もう……ほんとに。面白い人ですね」

「面白い?……俺は本気で言ってるんだが」
その真剣な眼差しに、波瑠の笑みは一瞬だけ揺らぎ、胸の奥に小さな鼓動が跳ねた。

グラスを空にした圭吾が、時計にちらりと視線を落とした。
「……そろそろ部屋に戻るぞ」

「え……もうですか?」
名残惜しそうにカクテルグラスを見下ろす波瑠に、圭吾は立ち上がりながら淡く笑う。

「夜はこれからだろう?」
そう言って、当然のように彼女の椅子の横に立ち、手を差し伸べる。

その仕草に胸が高鳴り、波瑠は戸惑いながらも手を重ねた。
指先に伝わる温かさに、心臓が速くなる。

「……圭吾さんって、やっぱりずるい」
「何がだ?」
「全部リードしていくところ」
「俺の隣にいるなら、それでいい」

低い声に導かれるように、ふたりは並んでバーを後にした。
廊下に出ると、クリスマスの飾りが静かに灯り、粉雪のようなライトが足元に影を落としていた。

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