温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
「……その様子だと、まだアルコールが抜け切れてないな」
圭吾の声は静かだったが、有無を言わせぬ響きを帯びていた。

波瑠が反論する間もなく、彼は腕を取る。
「行くぞ」

導かれるように歩かされ、気づけばエレベーターの扉が閉じていた。
下へではなく、上へ。

上昇していくエレベーターの表示灯を、波瑠は呆然と見つめていた。
(どうして……下じゃなくて、上……?)

「専務、私……帰らなきゃ」
不安げに口を開いた瞬間、圭吾の低い声がそれを遮った。

「落ち着け。……一人で帰す方が危ない」

扉が開いたのは、最上階のさらに奥。
重厚なカーペットが敷かれた静かな廊下を進むと、圭吾はカードキーを翳し、重い扉を押し開けた。

「ここは……」
波瑠の声が震える。

「俺がよく使う部屋だ」
淡々と告げながらも、その声音には揺るぎない支配がにじむ。

スイートルームに足を踏み入れると、窓一面に広がる夜景が目に飛び込んできた。
街の灯が宝石のように瞬き、先ほどまでのラウンジよりもずっと近く、大きく見える。

「……人が少なくて、夜景がきれいな場所がいい、と言ったな」
圭吾の横顔には温厚な笑み。
だがその瞳は、彼女を逃がさぬ強さを帯びていた。

波瑠は息を呑んだ。
それはまさに、先ほど口にした自分の願い。
彼は聞き流していなかった。

圭吾は迷いなく部屋の奥へ進み、テーブルに置かれていたカラフェを手に取った。
そこには氷で冷やされた水が用意されている。

「酒ではなく、水でいいな」
振り返った圭吾の視線は、冗談めかしたものではなく真剣そのものだった。

波瑠は小さく頷く。
「……はい」

圭吾は透明な液体を二つのグラスに注ぎ、ひとつを彼女の前に差し出す。
「誕生日を迎える前に、まずは酔いを完全にさましておけ」
口調は穏やかだが、有無を言わせぬ響きを帯びている。

そして、わずかに口元を緩めた。
「君が生まれてきた日に……乾杯するのは、そのあとだ」


「大丈夫か? とりあえずソファーに横になるか? それとも……ベッドが良ければ、その扉の向こうが寝室だ」
圭吾の低い声に、波瑠は慌てて首を振った。

「ここでいいです。……ソファーで」
素直にそう答えると、圭吾はわずかに頷いた。

「そうか。……悪いが、少しだけここで仕事をさせてもらう」

そう言って、ソファーのすぐ横にある執務スペースに腰を下ろす。
落ち着いた手つきでノートPCを開き、書類に目を通し始めるその姿は、まさしく専務という肩書きにふさわしい威厳を漂わせていた。

波瑠はソファーに軽く横たわり、窓の外の夜景に目を向ける。
煌めく光の海が視界いっぱいに広がり、心の奥まで包み込むように瞬いていた。

(……きれい……)

うっとりとその景色を見つめながら、波瑠は隣で黙々と仕事をする圭吾の気配を感じていた。
温厚な専務の顔の裏にある、孤独で寡黙な横顔。
その静かな存在感に、胸がまた高鳴るのを抑えられなかった。
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