籠姫と寡黙な皇帝と、転生皇后

第7章 籠姫の退場

 豊穣の舞から数日後、宮廷は静かなようで、目に見えぬ波が揺れていた。
 表面上は変わらぬ日常。しかし、私の耳には、ひそやかな囁きが届く。
 ――「籠姫様の影響力が弱まってきたらしい」。
 その噂は、まるで小さなひびのように広がり、やがて崩れを呼ぶ。

 その日、執務室に呼ばれた私の前で、カリス陛下は重い声を落とした。
 「……エルミナの件だ」
 机の上には数通の書簡が置かれている。
 「宮廷財の一部を、私的に流用していた証が見つかった」
 「……そんなことを……」
 「見過ごすことはできぬ。これ以上、皇后を貶める行為も、国を損なう行いも許さない」

 陛下の金の瞳は鋭く、冷ややかな光を帯びていた。
 それは感情ではなく、決意の光――為政者としての容赦なさだった。



 翌日、謁見の間。
 高い天井に響くのは、エルミナのドレスが擦れる音と、彼女の細い呼吸だけ。
 「陛下……どうか、誤解だとお聞き入れくださいませ」
 「証は揃っている」
 陛下は一歩も譲らず、その声は冷たい。
 「そなたには国外追放を命じる。二度と宮廷の敷居を跨ぐな」

 その瞬間、エルミナの顔色が変わった。
 「……あの女のせい……!」
 鋭い視線が、私を射抜く。
 「私がどれほど陛下を支えてきたか……それを、この女に奪われるなんて……!」
 「黙れ」
 陛下の一喝が、謁見の間の空気を凍らせた。
 「余がそなたを特別に遇したのは、幼き日の縁ゆえだ。それを勘違いしたのは、そなた自身だ」

 エルミナの肩が震え、次の瞬間、護衛兵が両脇を固めた。
 彼女は最後まで私を睨みつけながら、重い扉の向こうへ消えていった。



 その夜、私は月明かりの庭を歩いていた。
 籠姫がいなくなったことで、心に空いた穴のような感覚があった。
 彼女は確かに私を傷つけた。けれど同時に、私を強くもしたのだ。
 そんなことを考えていると、背後から足音が近づく。

 「……眠れぬのか」
 振り返れば、カリス陛下が立っていた。
 「はい。色々と考えてしまって」
 「エルミナのことか」
 私は小さく頷く。
 「彼女の行いは許せない。でも……最初から、ずっと敵ではなかったような気もします」
 「そなたは甘いな」
 そう言いながら、彼は私の手を取った。

 温かな掌が、夜風に冷えた私の指を包み込む。
 「……だが、その甘さが、そなたの強さだ」
 驚いて見上げると、金の瞳が柔らかな光を宿していた。
 「もう誰も、そなたを傷つけさせはしない」

 胸の奥が熱くなり、視界が少し滲む。
 「……ありがとうございます」
 言葉はそれしか出なかったが、陛下は満足そうに微笑んだ。



 部屋に戻ると、机の上に一輪のすみれが置かれていた。
 茎には短い紙片が結ばれている。
 ――“強く、可憐に”

 その言葉を胸に刻み、私はそっと花を抱きしめた。
 籠姫の影が消えた今、宮廷の空は少しずつ澄んでいく。
 そして私は、この場所で、彼と共に歩んでいくのだと、静かに誓った。
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