空気みたいだとあなたが仰ったので。~地味令嬢は我慢をやめることにした~
 まるで、私の魔力が魔塔の研究にとって特別な意味を持つかのような言い方だ。ざわざわと胸が躍る。

「魔塔ではね、さまざまな魔術の研究をしているんだけど、特に《認識阻害》や《隠匿魔法》に関しては、まだまだ解明されていない部分が多いんだ。君みたいな才能は、そう簡単に見つかるものじゃない」

 エリオット殿下の真剣な眼差しに、私はお父様たちの方を見た。
 お父様は険しい表情のまま、沈黙を守っている。
 そんな中、お母様が静かに口を開いた。

「リリアナ。あなたはどうしたいのかしら? エリオット殿下がここまでご推薦くださっていますが」

 優しく、けれどまっすぐな問いかけだった。
 ――どうしたいのか。
 私は唇を引き結んだ。

 今までの私なら、魔塔なんて遠い世界の話だった。でも、もし行けば、私はもっと強くなれる?
 『空気のような存在』と揶揄されるのではなく、自分の意志で選び取る未来を掴めるのではないかしら。
 迷っていると、お父様が重く口を開いた。

 「……お前がどういう道を選ぶにせよ、リリアナ。私たちはお前を支える」

 その一言に、胸が温かくなる。
 私はそっと息を吐き、ゆっくりと頷いた。

「……エリオット殿下。私でも、できるでしょうか?」

 この国には、もっと優れた魔術師がいるはず。
 ただ独学で空気に溶け込んでいた存在感の薄い私が、なにか役に立てるだろうかと心配になる。

「君がやりたいなら、ね!」

 エリオット殿下は一瞬、じっと私を見つめて、やがていたずらっぽく微笑んだ。
 ──空気のような女として、空気を極めてやるのもいいんじゃないかしら!
 そう思ったら、言葉が自然に出てきた。

「お父様。私──魔塔へ行きます」

 私の決断に、エリオット様の顔が輝く。

「ほんと? いや~、いい決断だね!」

「……リリアナが決めたことですが、殿下、妹の身の安全は確保されるのですか?」

 レオン兄様が渋い顔でそう言うと、エリオットはひょいっと片手を挙げる。

「もちろん! ボクが責任持って面倒見るし、君も魔塔に遊びに来ていいよ~! 今度は『スーパー木材くんvol153』の実験もしたいし」

「……いえ、リリアナの事以外では遠慮しておきます」

 レオン兄様がピシャリと断ると、エリオット殿下は「え~」と残念そうに笑った。
 私はそんな二人を眺めながら、改めて深く息を吐いた。

 これから、私の人生は変わる。
 魔塔で、自分の魔力をもっと磨いて、もっと……自由になる。
 その未来へ、一歩を踏み出す時がきたのだわ。

「あ、そういえば。今日のお茶会でのリリアナとあの浮気男のやりとりの音声データはここにあるから、何かに使ってね! 映像が欲しければ兄さんに言っとく~!」

 最後、エリオット殿下が茶色のボタンのようなものをころりと差し出しながらそう言うものだから、私はもちろん家族みんなでポカンと口を開けてしまったのだった。

 まあ、なんて重要な証拠なのでしょう……?
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