空気みたいだとあなたが仰ったので。~地味令嬢は我慢をやめることにした~
――家族にはどんな顔をされるかしら。

 血の気が多いお父様は怒るだろうか。穏やかなお母様は落ち着いて受け止めるだろうか。
 もっと血の気が多いお兄様は……おそらく、今にも飛び出して決闘を申し込む勢いかもしれない。

 長い廊下を歩きながら、私は無意識に指先を擦る。婚約指輪を外した跡が、そこにあった。

 サロンの前で、一度深呼吸をする。

「……お嬢様。開けますね」

 そして、神妙な顔をした馴染みの執事がゆっくりと扉を開いた。
 扉を開くと、家族全員が席に着いていた。

「おかえり、リリアナ」

 普段と変わらぬ穏やかな雰囲気だったが、そこに漂う空気は明らかに違っていた。
 長いダイニングテーブルの中央には、やはり焼きたてのスコーンと、それから私の大好きなマフィンが並んでいる。
 だが、誰一人として手を付けていない。

 父のオーウェンは手にした紙を脇に置き、母のエリザベスはティーカップを持ったままこちらを見ている。
 四つ年上の兄のレオンはフォークを手にしたまま、明らかに緊張した面持ちでこちらを見つめていた。
 お母様がそっと立ち上がる。

「無事でよかったわ、リリアナ。さあさ、こちらに座って」

 お母様の穏やかな声が、張り詰めた空気を少しだけ和らげたように感じる。
 なんだか不思議な雰囲気で、緊張していた私はひとまず椅子に腰掛けた。

「紅茶をお持ちしますか?」
「ええ、お願い」

 控えていた侍女が尋ねると、リリアナは小さく頷いた。
 ほどなくして差し出されたカップには、美しい水色のお茶が湯気を立てていた。
 温かい香りが鼻をくすぐる。

「……リリアナ、お茶会はどうだった?」

 お兄様の慎重な問いかけに、私は深く息を吸い、一拍置いて口を開いた。

「……エドワード様が、カミラ・アルトマン嬢と逢い引きをしておられました。熱い抱擁と、その……口づけを交わしておいでで……ゆくゆくは一緒になろうとお約束をされておりました」

 その瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。
 お母様のティーカップがいつもより音を立てて皿に置かれ、お父様が持つ紙には真っ二つに亀裂が入った。

 そしてお兄様はなぜだかナイフも手にしていた。
 ボロボロになった紙をテーブルに置いたお父様は咳払いをする。それから静かに告げた。

「リリアナ。子細を話せるか?」

 その言葉にゆっくりと頷く。
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