下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
「わからないけど……これ、鍵がついているの」

 隣に来たチャリオに鍵付きの本を見せた。チャリオが鍵を包み込むように握ると、鍵は音を立てて落ちた。

「え?」
「壊れてたみたいだな」

 古い鍵だったようだ、と、チャリオは言った。そんな風に全く見えなかったが、鍵が壊れたおかげで中を見れる。ニコラは表紙をめくった。最初のページに記されていたのは、

『親愛なるバルコイ王に捧ぐ』

 心臓が跳ね上がった。それはジーナおばあちゃんの字に間違いなかったからだ。

(アベルさんの言う通り、ジーナおばあちゃんはシンシア・グローリーだったの……!?)

 震える指でページをめくると、何ページにも渡って衣装のデザインが描かれていた。細やかな線で丁寧に描かれたスケッチ、添えられた緻密なメモ。そのすべてが高価で繊細なマテリアルばかりで、実際に形にしようとすれば、気が遠くなるような時間と技術が必要なものだった。
 ふと、横を見るとチャリオも熱心にデザイン画を見つめている。その瞳には好奇心だけじゃない、もっと深い、何か強い感情が感じ取れた。
 一瞬、その瞳が金色に輝いたようにニコラには見えた。驚いて瞬きを繰り返す。だが、再び見たチャリオの瞳は、やはり黒のままだった。

「ニコラ、いるー?」

 店の入り口の方からケイトの声が聞こえた。慌てて部屋から出るとケイトの姿があった。

「あ、いたいた。エプロンの生地余ってたりしない?さっきお客さんに思いっきりスープこぼされちゃってさ。替えがないから困ってて、できたら急ぎで作ってほしいんだけど……」

 ケイトは申し訳なさそうに言った。

「えっ!?スープ?大丈夫だったの?」
「大丈夫大丈夫、冷めてたから。火傷とかはしてないよ」
「よかった。今作っちゃうから、ちょっと待っててね」

 部屋に残してきたチャリオに事情を説明して、ニコラは作業台に裁縫箱を置いて生地を取り出した。迷いのない鋏捌きは長年培ったもの。針に糸を通したと思ったら次の瞬間にはすいすいと縫い進める。その様子をケイトとチャリオが見ていた。

「ニコラ、この子は?」

 ケイトがチャリオを指差して聞く。

「ええと、その……、ちょっと手伝ってもらってるの」

 曖昧に答えるニコラだったが、針を進めるスピードは緩めなかった。
 じっとその手元を見つめているチャリオにケイトが話しかけた。

「君、ニコラがお裁縫するの見るの初めて?」
「ああ…。職人技だな……」
「あたしも、いつ見てもすごいなーって思うんだ」

 ケイトは自分が褒められたかのように嬉しそうに微笑んだ。

「どこの子か知らないけど、お昼まだでしょ?よかったらうちで食べていきなよ」
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