下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
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『月星亭』とお針子店シャルロットは歩いて五分ほどの距離にあった。月星亭はケイトの父親が店主をしており、昼は食堂、夜は酒場として賑わっていた。ニコラが小さい頃からお針子の仕事の手伝いをしていたのと同様、ケイトも小さい頃から店の手伝いをしている。目鼻立ちのくっきりとした美人に育ったケイトは誰もが認める月星亭の看板娘だ。ケイト目当てで月星亭に通う青年もいるが、父親のエドモンドの威圧に耐えられず、店員と常連客、という関係を進めれないでいるのはよくある話だった。
ランチのピークを過ぎた月星亭は、休憩で利用する客がちらほらいる程度で、店内は穏やかな時間が流れていた。年季の入ったテーブルとカウンター、壁には手書きのメニュー表や他店のチラシ、市民劇団のポスターが所狭しと貼られており、月星亭が下町の人に愛されていることがわかる。奥の厨房からは焼きたてのパンと煮込まれたスープの匂いが漂ってきて、店全体をやさしく包み込んでいた。仕事の休憩で来ている男性たちや年配の商人らしき男たちが会話を弾ませていた。
「あんたんとこの息子、修理屋を継ぐんじゃなかったのか?」
「継ぐには継ぐみたいだが、最近は海の方に興味があるらしくてな。船乗りになりたいとか言い出してるよ」
「波に乗って海を駆ける方がカッコいいってもんさ」
「まあ、それでも、月星亭のパンが恋しくて戻ってくるってさ」
「ははは!そりゃそうだ。ここのパンとスープは格別だもんな」
「そういや、戴冠式って来月だったよな?」
「ああ。ついこの前、先王が亡くなったばかりなのに、もうそんな時期か」
「病だったんだろ?立派な方だったのになぁ……でも人の命ってのは、誰でも平等に尽きるもんだな」
「王妃様も、王子を産んですぐ亡くなったって話だったよな?なんとも気の毒なこった」
「それでも跡継ぎが一人いて、ほんと良かったよ。……まあ、あんまり表に出てこないらしいから、どんな王子様なのかはよくわかんねぇけどな」
「いよいよウルクフェド国とのトンネル工事が始まったそうだな」
「ふん、無事に繋がるかねぇ。あそこの地盤はやたら固いって話だ」
「でも繋がったら、物流が一気に動くぞ。うちの孫も掘削隊に志願したって張り切ってたよ」
そんな会話をよそにニコラとチャリオはケイト特製のオムライスを口に運ぶ。ケイトが作ったオムライスはニコラの大好物の一つだった。注文に迷っていたチャリオにオムライスを勧めたのもニコラだ。最初は彼の口に合うか不安だったが、チャリオが次々に口に運ぶ様子を見て安堵した。ライアンも誘ったのだが、
「チャリオと二人で行っておいでよ。ほら、僕、アベルにうろちょろするなって言われてるからさ……」
と、兎耳を垂らしていた。これも出発前に、アベルにキツく言われたのだろう。
遅めの昼食を食べながら、ニコラは王宮で受けた仕事についてケイトに話した。話していい内容かどうかは、事前にライアンに確認済みだ──ただし、『怪盗ジェドにマントを盗まれた件だけは言わないこと』という条件付きだったけれど。