下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
(知ってしまったものは、もうどうしようもない。腹をくくろう)

「あの、ものすごい秘密を知ってしまったついでに、一つ訊いてもいいですか?」
「なんだ?」
「えっと……ユリシーズ殿下は、何のハルヴァなんですか……?」

(瞳の印象から鷹?梟?あと、考えられるのは蛇……?)

「それは……」

 ユリシーズが何かを言いかけた、その瞬間、何者かの気配を察知した彼はニコラの前に一歩進み出た。察したニコラは彼の肩を掴む。足音はない。それでもユリシーズには、通路の奥から誰かが近づいてくるのがわかった。

「……あれ?」

 少しして現れたのは一人の青年だった。頭と口元をターバンで覆っていて顔はよく見えない。ターバンの隙間から覗く金髪と、左目の下の小さなホクロが印象的だった。

「何者だ」

 ユリシーズが訊いた。

「ちょっと人を探していてね。そう、双子の子供」

 その言葉に、ユリシーズは警戒を強めた。

「……双子を探している理由は?」

 金髪の青年は肩を竦めて答える。

「勝手に俺の名前を持ち出して、盗みを働いたらしくてね。少し懲らしめてやろうと思って」
「えっ……じゃあ、もしかして、怪盗ジェド……?」

 ニコラが思わず口にすると、青年は指を鳴らし、片目をウインクしてみせた。

(嘘!怪盗ジェドが目の前にいるなんて!帰ったらケイトに話さなくっちゃ……!)

 と、一瞬ニコラの胸は踊ったが、ジェドの登場で重大なことを思い出した。

「そうだ、マント!戴冠式のマントを探さなくちゃ!」
「ニコラ、危険な目にあってるんだ。この際マントはいい」
「そんなの駄目です!危険な目って言ってもちょっと眠ってここに運ばれただけだし……!」

 ニコラはぎゅっと拳を握って訴えた、その時

 ドンッ────

 遠くで、鈍く重たい爆発音が響いた。間を置かず、続けて複数の爆発が起こり、地鳴りのような轟音とともに、通路の奥から猛烈な風圧が吹き抜けてくる。ジェドは即座に反応し、ニコラとユリシーズを抱き寄せて身を伏せた。風が巻き上げた土埃と共に、彼の体からふわりとエキゾチックなムスクの香りが漂う。

「大丈夫か?」

 爆風がやっと収まった頃、ジェドが二人を見て静かに訊いた。
 突然のことに呆然としつつも、ニコラは頷く。

「だ、大丈夫です……。でも、今の音は……?」

 ジェドは爆発があった通路の方を睨みつけながら言った。

「火薬に火でもつけられたかな」
「火薬!?」
「ジェド、このままだとどうなる?」

 ユリシーズがすかさず問いかける。

「最悪、生き埋めだろうな」
「い、生き埋め……!?!?」

 ようやく少し落ち着いたかと思っていた矢先の爆発。
 ニコラは背筋が凍るのを感じた。

 爆発音が聞こえた通路の奥が、じわじわと赤く染まり始める。最初は何か分からず見つめていたニコラだったが、すぐにその正体を理解せざるを得なかった。

「……火!?ユリシーズ殿下、火が出てます!!」

 置き去りにされていた木材に燃え移った炎が、通路を伝ってこちらへ迫ってきていた。

「あらら」

 ジェドが呑気に言う。ユリシーズに至っては、ほとんど表情すら変えていない。そんな二人の様子に、ニコラは焦りを募らせた。

「落ち着いている場合じゃないです!火をどうにかしないと……私たち焼け焦げのアップルパイになっちゃう!!」

 思わず叫んだニコラの言葉に、ジェドが思いがけず吹き出した。

「ハハッ、アップルパイって。いいねそれ。今度作ってよ」
「冗談言ってる場合じゃないですってば!」

 ジェドの馴れ馴れしさにニコラは怒って言った。
 だがその間にも、火は勢いを増し、目前にまで迫っていた。
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