下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
* * *
【戴冠式まで、あと17日】
「────殿下?ユリシーズ殿下?」
ニコラに呼ばれて、ユリシーズは我に返った。
(そうだ。今は祝賀会の衣装を合わせている最中だった)
「ユリシーズ殿下、腕を軽く上げてもらってもいいですか?」
「……ああ、すまない」
ニコラと顔を合わせるのは二週間ぶりだった。王宮に戻ってきてからというもの、彼女は作業に追われていると聞いていた。それでも目の前の彼女に苛立ちや焦りは感じられず、どこまでも穏やかだ。疲れた様子ひとつ見えない。何者かに誘拐されたことなどなかったかのように、目の前の作業に集中している。
ニコラの指示に従い腕を上げていると、彼女は生地の端を何度もつまみ、何かを確認していた。その様子を不思議に思って見ていると、彼女は顔を上げて言った。
「身頃は体のラインに沿うようなデザインなんですけど……あまりぴったりし過ぎると動きづらくなって、生地にも負担がかかるんです。だから、どれくらいゆとりがあるかなって、確認中です」
ニコラはそう説明して、すぐにまた同じ作業に戻る。
(どうして考えていることがわかったんだろう……)
王宮の一室に籠って作業をしている彼女は、まだ知らない。ティムが戴冠式のマントを盗んだと、街で噂になっていることを。そして、その先、少年がどんな運命を辿るかも……。
(伝えるべきだろうか……?)
言わないで済むのなら、言いたくはなかった。
だが、この仕事が終わって下町に戻れば、いずれ彼女の耳にも入る。
そのとき、彼女はきっと悲しむ。
悲しんで、涙を流すだろう……
泣いているニコラを想像すると、胸が痛んだ。
想像だけでこんなにも心が締めつけられるなら、人は想像に殺されることもあるだろう。
「……あっ」
何かに気づいたニコラは小さく声を上げた。
「どうかしたか?」
「もしかして……」
ニコラの視線の先は衣装の裾に注がれていた。
「ユリシーズ殿下、身長が……伸びてませんか?」
「まさか」
ニコラの目は真剣だった。
「測り直しましょう」
「何?」
「急いで。早く、横になってください!」
言われるがまま、ユリシーズは初日と同じように床に横たわった。メジャーが擦れる音が素早く何度も繰り返される。
床が近いと、子供の頃を思い出す。アベルやライアンと寝そべってボードゲームをして遊んだ日々。ゲームをしなくても、ただ笑って、転げ回って、それだけで楽しかった。何がそんなにおかしかったのか、もう忘れてしまったが。
「……やっぱり」
測り終えたニコラの声に、ユリシーズは体を起こした。
ニコラの表情は硬い。やはり身長が伸びていたらしい。まだ伸びるのか、と、ユリシーズはため息を漏らした。
「手直ししないと」
一点を強く見つめてニコラは呟いた。