下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
* * *
「いい加減起きてください」
「はいぃ!すみません!!」
アベルの声に、ニコラは飛び上がるように目を覚ました。勢いが良すぎてベッドの上で布団がまくれ返っている。
「あれ……?私……」
部屋の灯りはすでに点いていて、窓の外は薄暗い。どうやら夜らしい。
「まる一日眠っていたんですよ」
「え!?ホントですか!?」
自分がそんなに眠っていたことに驚いたが同時に最も重要なことを思い出す。
「あ、あの!戴冠式はどうなりましたか!?」
「どうもなにも、無事に終わりましたよ」
「あぁ、よかった……!」
「まあ、私の采配のおかげですけどね」
「ふふっ、それは間違いないですね。アベルさん、お疲れさまでした」
ニコラのその笑顔に、アベルは内心複雑な気分だった。最近、嫌味を言っても彼女にはまるで効かない。真っ直ぐ受け止めて、さらりと笑顔で返される。無自覚なのか、意図的なのか……その様子を面白そうに見守るユリシーズとライアンのせいで、アベルの居心地はさらに悪くなるのだった。
アベルは咳払いをして、言葉を続けた。
「……出席されていた方々は、戴冠式の後、皆そろってマントの仕上がりを絶賛しておられましたよ」
「ほんとうですか!?」
ニコラは顔を輝かせる。その反応に、アベルは目を細めて静かに言った。
「今回ばかりは……本当に感謝しています。ありがとうございました」
穏やかな口調と優しい微笑み。一瞬、まるで別人のようなアベルに、ニコラは一瞬きょとんとした。けれど、それはまさに『一瞬』だった。
「さて、ゆっくりしている暇はありません」
「え?」
「もう祝賀会が始まっています。急いで支度を」
「あの、帰ってもいいってことでしょうか?」
「違います。貴方には今夜の祝賀会に参加してもらいます」
一瞬、間が空く。
「え、ええええぇぇ!?私が!?祝賀会って、その、貴族の人が集まるところですよね?」
ニコラは両手をジタバタさせて尋ねた。アベルは気にせず答えた。
「貴方は特別に許可が下りました」
「だ、誰にですか!?」
「この国の新しい王にです」
新しい王?
新しい王って………ユリシーズ殿下!
「ドレスはこちらでご用意しました。着替えを済ませたら、隣の部屋へどうぞ」
アベルは大きなリボンがかかった、白い箱をニコラに手渡した。
「それでは私は仕事があるので」
そう言ってアベルは踵を返し、部屋を出ようとする。ドアの前で足を止め、背を向けたまま「良い祝賀会を」とだけ言って去った。
今が祝賀会の真っ最中なら彼の仕事は多そうだ。ユリシーズ殿下の傍を離れて大丈夫なのだろうか
(あ、大丈夫じゃないから急いで戻ったのか)
ニコラは受け取った箱を開けた。入っていたのは見覚えのある生地だった。
……見覚えがあるなんてものじゃない。半月以上、毎日毎時間毎分毎秒、針を通してきたあの時の感触が蘇る。
すぐに取り出して広げると生地だけじゃなくデザインも見覚えのあるものだった。