下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜

第七章

 ルブゼスタン・ヴォルシスの朝は、まだ東の空が白み始めた頃から、祝祭の空気に満ちていた。

 セントラル街の大通りには、色とりどりの花環や国旗が飾られ、華やかな彩りで道行く人々を迎えていた。この日のために並んだ露店には、香ばしい焼き菓子、祝いのワイン、記念バッジや王冠をかたどった可愛らしい雑貨が所狭しと並び、まるで街全体が祭りそのもののようなにぎわいを見せている。通りを行き交う人々の顔には自然と笑みが浮かび、子どもたちのはしゃぐ声が駆け抜けていった。

「ケイト姉ちゃん、こっちこっち!」
「ちょっと、ティム!そんなに急がなくてもお菓子は逃げないわよ!」

 ケイトはティムを連れてセントラル街にやって来ていた。本当はニコラも誘うつもりでいたが、ライアンからギリギリまで仕事をしていることを聞いていたので、今はゆっくり休んでほしいと思っている。

(ニコラへのお土産、何がいいかな)

 たくさん頑張った後だから、きっと甘いものがいいだろう。

 大聖堂の鐘が高らかに鳴り響いた。
 その音を聞いた人々は、一斉に王宮の方角へと視線を向けた。



 戴冠の間は、まるで神殿のような荘厳な空気に包まれていた。壁一面に連なるステンドグラスが日の光を受け、七色の光が床に映り静かに揺れていた。祭壇の上には、王権の象徴たる王冠、剣、王笏、王印、そしてニコラが仕立てた戴冠式のマントが並べられている。

 定刻を告げる小さな鐘の音が鳴り、奥の扉から礼装に身を包んだユリシーズが現れた。

 集まった貴族たちが一斉に姿勢を正す。
 神官長が祭壇の前へ進み出て、古の言葉で祈りを捧げた。

「────天に座す神々よ。新しき王に、加護と叡智を。そして、慈愛を与えたまえ」

 祈りが終わると、神官長は両手で王冠を高く掲げた。
 ユリシーズは静かに膝をつく。王冠が、その頭上に載せられた。
 ユリシーズが立ち上がると、彼の瞳はまっすぐ前を見据えていた。その瞳には、一切の迷いがなかった。

「この国と、この国に生きる全ての者のために」

 短く、しかし力強く宣言したその声が、戴冠の間に響く。自然と拍手が沸き起こった。
 そして最後に、ニコラが仕立てた戴冠式のマントがユリシーズの背にかけられた。

 艶やかな深青のベルベットに太陽の輝きとも星の煌めきとも思わせる光の刺繍。
 この国の系譜を織り成した刺繍に、誰もが息を呑んだ。

「……なんて、美しい……」

 誰とも言わず、囁き声が聞こえた。その言葉が指していたのは、マントのことだけではない。
 玉座へと進むユリシーズの姿そのものが、国の新たな未来を映し出しているようだった。

 ────この日、ルブゼスタン・ヴォルシス国は、時代を継ぎ、新たな王を迎えた。
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