前世の趣味のままにBL小説を書いたら、サイン会に来た護衛騎士様の婚約者になりました
護衛騎士なくとも作家は育つ
さて紳士淑女の皆様、憶えておいでだろうか。
かつてカトリーナ様が主催したお茶会でかちあった、ジェスト様に横恋慕中の彼女のことを。
私に向かって「憶えてなさい!」的なテンプレ捨て台詞をかましたものの、カトリーナ様の巧みな誘導によりそれ以上吠えヅラをかく隙もないまま、お茶会を後にしたメリンダ・ハーパー侯爵令嬢。
その期待(希代ではない)の彼女からなんと……お茶会の招待状をいただいてしまった。
えー? 私そんなに彼女と仲良しこよしだったっけ?と首を傾げるも、そうそう穏やかな招待でないことは、疑いを持たさぬよう努めたかに思える洒落た封筒とは対照的な、実に簡素な中身を見ただけで察した。
「○月×日 13時 8番通りのカフェ・アムリタにてお待ちしています。
必ずひとりでいらしてください。
さもなくば……あなたの特大の秘密が世に知られることになるでしょう。
追伸:彼の人の色のリボンはつけてきませんよう———まったく似合っておりませんので」
これを正しく翻訳すると「カフェの個室押さえたからひとりで来いや間違ってもジェスト様にチクるんじゃねぇぞさもなくばてめぇの秘密バラすあと赤いリボンもらっていい気になってんじゃねぇぞ全然似合ってねぇしこっちはてめぇの行動すべて把握してんだよクソが」といったところか。
(メリンダ様……恐ろしい子……!)
何が恐ろしいかって、赤いリボンはデート取材のときにジェスト様に買ってもらったものだ。事前に準備されていたものでなく、ただの成り行きでプレゼントしてもらったもの。それを彼女が知っているということは……たぶん、あのデートが尾行されていたのだろう。私を尾行したのではなく、ジェスト様を見張っていたらたまたま私が小判鮫よろしくくっついてきたというところか。
さすがはジェスト様にきっぱりはっきり見合いを断られても付きまとう誇り高きご令嬢だ。悪役令嬢はこうでなくては。
そして招待状に書かれた特大の秘密というのは、おそらく新聞小説のことだろう。取材ネタを余すことなく取り入れたダダン殿下とヒロインちゃんのデートシーンが掲載された号は、過去一番の発行部数を記録したらしい。公園では貸しボートに大行列ができ、王都のあちこちでクレープ屋さんが乱立しては食べ歩きが大流行している。今まではほぼ男性客しかいなかった武具屋にカップルが押し寄せ、絵本が品切れし、露天では恋人の瞳の色のリボンがバカ売れしているのだとか。あのおばさんの娘さんのご祝儀、結構な額になったんじゃないかな。
そしてこのブームは貴賤関係なく、多くの人たちに受け入れられていた。小説のヒーローとヒロインが貴族と庶民という関係だからこそ、両方の層の取り込みに成功しているのだと思う。さすが私。
そして貴族が目を通しているということは、当然メリンダ様もよくよく読み込んでいるというというわけで。
(尾行した結果と新聞小説の共通点から、ナツ・ヨシカワの正体がグレース・ハミルトンだと気づいたってことね)
こればかりはしょうがない。メリンダ様の執念深さを甘く見ていたこちらサイドの落ち度だ。届いた招待状を手に、私はカタカタと手が震えてしまうのを押さえられなかった。
(私の正体が世の中にバレてしまうかもしれない瀬戸際。それってとても…………興奮するぅ!!!)
いったいメリンダ嬢はどんな手段を使って私を叩きのめそうとしてくるのか。「ナツ・ヨシカワはグレース・ハミルトンなのよ〜」と言いふらしたくらいでは世の中はそう簡単には信じない。そんなぬるい仕込みでなく、侯爵家の権力を大鉈のように振るって徹底的なヒロイン(じゃないけど)いじめを魅せてくれるというなら、喜んで(取材に)伺いましょうとも! ビバ!ネタ祭り!!
かつてエイムズ家のお茶会の席で鳴ったゴングは、未だ試合終了を告げてはいなかった。
悪役令嬢の矜持、とくと見せてもらうことにいたしましょう。え、ジェスト様? もちろん連れていきませんよ? 恥ずかしがり屋のメリンダ様が緊張して猫を被ってしまわれたら困るしね。
というわけで、ジェスト様にもカトリーナ様にも内緒で指定の場所に乗り込んでみれば。
「グレース・ハミルトン伯爵令嬢! これを書いたのがあなただということはすでにわかっているのよ! 伯爵家の令嬢でありながら賎民のように労働に勤しむなど浅ましい……。あなたなんてジェスト様に相応しくないわ!」
カフェの個室で投げつけられたのはデートシーンが掲載された号の新聞だった。おぉ……若干断罪イベント味を感じさせる第二ラウンド戦の開幕だわと心を震わせながらも、私にぶつかる手前で落ちたそれを拾い上げた。
「……否定はしません」
どうせもうバレているのだ。今更言い繕っても仕方ないと私も腹を括っていた。
「ふんっ! この後に及んで無様な言い訳をしない姿勢は評価してあげなくもないわ、ナツ・ヨシカワ。でもこれであなたもお終いね。あなたがこんなはしたないことをしでかす女と知れば、ジェスト様の目もようやく覚めるでしょう。それに何かと目障りなカトリーナ・エイムズの評判も下がっていい気味だわ!」
なるほど、私を貶めるだけでなく連座でカトリーナ様にも傷をつけようという魂胆ですね。さすがは悪役令嬢枠。ジェスト様のことも手に入れられたら一石二鳥どころか三鳥、濡れ手に粟状態。だが残念ながらジェスト様はすでにご存知なのですよねぇ。そしてカトリーナ様の後ろ盾はアレン殿下。突き詰めればフォード宰相だって外孫のダミアン王太子に関わることだから、カトリーナ様を庇うはず。メリンダ様、まだまだ爪が甘い。
冷静にわくわくしながらそう分析していると、何も言い返さない私に腹が立ったのか、メリンダ様はおもいっきり顔を歪めた。
「何よ、開き直るつもり? そもそも伯爵令嬢ごときが、侯爵令嬢である私を差し置いてジェスト様の隣に立てると思ったのが間違いなのよ。ジェスト様の隣に相応しいのはこの私。相手はあなたでも、ましてアレン殿下でもないわ!」
イライラしたメリンダ様は乱暴な手つきで一冊の本を取り出した。白い表紙に青薔薇と黒き剣。見間違うはずもない、私の処女作「薔薇の騎士」だ。
「……こんな醜悪な小説にジェスト様を登場させるだなんて、恥を知りなさいな! あぁもしかしてあなた、ただの田舎くさい令嬢の分際ではジェスト様にお近づきになることさえできないから、こんな小説を書き散らして彼の気を引こうとしたの? もしくはこれを書くためにジェスト様に近づいたんでしょう! 」
そう言い放ちながら彼女は手にした本を開き、その中のページを———おもいきり引き裂いた。
「———ダメっ!!!」
咄嗟に椅子から立ち上がった私は、テーブルの隣で仁王立ちするメリンダ様を止めようと詰め寄った。けれど彼女の方が背が高く、小柄な私は勢いで振り上げられた腕に押され、その場に酷く尻餅をついてしまった。
それでも負けじと膝を立てて、彼女の行為を———本を引き裂くという蛮行を———必死に止めようとした。
「やめてください! 本を破らないでっ!」
「私に触れないでちょうだい、穢らわしい! あなたもこの小説もどきも、醜悪で最低の存在だわ! 本当に……気持ち悪いっ!!」
彼女の台詞がまるでエコーがかかったように頭の中にわんわん響いた。目を見開く私の前で、破かれたページがはらはらと舞い落ちる。
その光景は私の、封印していた過去の扉を容赦なく開け放った。
かつてカトリーナ様が主催したお茶会でかちあった、ジェスト様に横恋慕中の彼女のことを。
私に向かって「憶えてなさい!」的なテンプレ捨て台詞をかましたものの、カトリーナ様の巧みな誘導によりそれ以上吠えヅラをかく隙もないまま、お茶会を後にしたメリンダ・ハーパー侯爵令嬢。
その期待(希代ではない)の彼女からなんと……お茶会の招待状をいただいてしまった。
えー? 私そんなに彼女と仲良しこよしだったっけ?と首を傾げるも、そうそう穏やかな招待でないことは、疑いを持たさぬよう努めたかに思える洒落た封筒とは対照的な、実に簡素な中身を見ただけで察した。
「○月×日 13時 8番通りのカフェ・アムリタにてお待ちしています。
必ずひとりでいらしてください。
さもなくば……あなたの特大の秘密が世に知られることになるでしょう。
追伸:彼の人の色のリボンはつけてきませんよう———まったく似合っておりませんので」
これを正しく翻訳すると「カフェの個室押さえたからひとりで来いや間違ってもジェスト様にチクるんじゃねぇぞさもなくばてめぇの秘密バラすあと赤いリボンもらっていい気になってんじゃねぇぞ全然似合ってねぇしこっちはてめぇの行動すべて把握してんだよクソが」といったところか。
(メリンダ様……恐ろしい子……!)
何が恐ろしいかって、赤いリボンはデート取材のときにジェスト様に買ってもらったものだ。事前に準備されていたものでなく、ただの成り行きでプレゼントしてもらったもの。それを彼女が知っているということは……たぶん、あのデートが尾行されていたのだろう。私を尾行したのではなく、ジェスト様を見張っていたらたまたま私が小判鮫よろしくくっついてきたというところか。
さすがはジェスト様にきっぱりはっきり見合いを断られても付きまとう誇り高きご令嬢だ。悪役令嬢はこうでなくては。
そして招待状に書かれた特大の秘密というのは、おそらく新聞小説のことだろう。取材ネタを余すことなく取り入れたダダン殿下とヒロインちゃんのデートシーンが掲載された号は、過去一番の発行部数を記録したらしい。公園では貸しボートに大行列ができ、王都のあちこちでクレープ屋さんが乱立しては食べ歩きが大流行している。今まではほぼ男性客しかいなかった武具屋にカップルが押し寄せ、絵本が品切れし、露天では恋人の瞳の色のリボンがバカ売れしているのだとか。あのおばさんの娘さんのご祝儀、結構な額になったんじゃないかな。
そしてこのブームは貴賤関係なく、多くの人たちに受け入れられていた。小説のヒーローとヒロインが貴族と庶民という関係だからこそ、両方の層の取り込みに成功しているのだと思う。さすが私。
そして貴族が目を通しているということは、当然メリンダ様もよくよく読み込んでいるというというわけで。
(尾行した結果と新聞小説の共通点から、ナツ・ヨシカワの正体がグレース・ハミルトンだと気づいたってことね)
こればかりはしょうがない。メリンダ様の執念深さを甘く見ていたこちらサイドの落ち度だ。届いた招待状を手に、私はカタカタと手が震えてしまうのを押さえられなかった。
(私の正体が世の中にバレてしまうかもしれない瀬戸際。それってとても…………興奮するぅ!!!)
いったいメリンダ嬢はどんな手段を使って私を叩きのめそうとしてくるのか。「ナツ・ヨシカワはグレース・ハミルトンなのよ〜」と言いふらしたくらいでは世の中はそう簡単には信じない。そんなぬるい仕込みでなく、侯爵家の権力を大鉈のように振るって徹底的なヒロイン(じゃないけど)いじめを魅せてくれるというなら、喜んで(取材に)伺いましょうとも! ビバ!ネタ祭り!!
かつてエイムズ家のお茶会の席で鳴ったゴングは、未だ試合終了を告げてはいなかった。
悪役令嬢の矜持、とくと見せてもらうことにいたしましょう。え、ジェスト様? もちろん連れていきませんよ? 恥ずかしがり屋のメリンダ様が緊張して猫を被ってしまわれたら困るしね。
というわけで、ジェスト様にもカトリーナ様にも内緒で指定の場所に乗り込んでみれば。
「グレース・ハミルトン伯爵令嬢! これを書いたのがあなただということはすでにわかっているのよ! 伯爵家の令嬢でありながら賎民のように労働に勤しむなど浅ましい……。あなたなんてジェスト様に相応しくないわ!」
カフェの個室で投げつけられたのはデートシーンが掲載された号の新聞だった。おぉ……若干断罪イベント味を感じさせる第二ラウンド戦の開幕だわと心を震わせながらも、私にぶつかる手前で落ちたそれを拾い上げた。
「……否定はしません」
どうせもうバレているのだ。今更言い繕っても仕方ないと私も腹を括っていた。
「ふんっ! この後に及んで無様な言い訳をしない姿勢は評価してあげなくもないわ、ナツ・ヨシカワ。でもこれであなたもお終いね。あなたがこんなはしたないことをしでかす女と知れば、ジェスト様の目もようやく覚めるでしょう。それに何かと目障りなカトリーナ・エイムズの評判も下がっていい気味だわ!」
なるほど、私を貶めるだけでなく連座でカトリーナ様にも傷をつけようという魂胆ですね。さすがは悪役令嬢枠。ジェスト様のことも手に入れられたら一石二鳥どころか三鳥、濡れ手に粟状態。だが残念ながらジェスト様はすでにご存知なのですよねぇ。そしてカトリーナ様の後ろ盾はアレン殿下。突き詰めればフォード宰相だって外孫のダミアン王太子に関わることだから、カトリーナ様を庇うはず。メリンダ様、まだまだ爪が甘い。
冷静にわくわくしながらそう分析していると、何も言い返さない私に腹が立ったのか、メリンダ様はおもいっきり顔を歪めた。
「何よ、開き直るつもり? そもそも伯爵令嬢ごときが、侯爵令嬢である私を差し置いてジェスト様の隣に立てると思ったのが間違いなのよ。ジェスト様の隣に相応しいのはこの私。相手はあなたでも、ましてアレン殿下でもないわ!」
イライラしたメリンダ様は乱暴な手つきで一冊の本を取り出した。白い表紙に青薔薇と黒き剣。見間違うはずもない、私の処女作「薔薇の騎士」だ。
「……こんな醜悪な小説にジェスト様を登場させるだなんて、恥を知りなさいな! あぁもしかしてあなた、ただの田舎くさい令嬢の分際ではジェスト様にお近づきになることさえできないから、こんな小説を書き散らして彼の気を引こうとしたの? もしくはこれを書くためにジェスト様に近づいたんでしょう! 」
そう言い放ちながら彼女は手にした本を開き、その中のページを———おもいきり引き裂いた。
「———ダメっ!!!」
咄嗟に椅子から立ち上がった私は、テーブルの隣で仁王立ちするメリンダ様を止めようと詰め寄った。けれど彼女の方が背が高く、小柄な私は勢いで振り上げられた腕に押され、その場に酷く尻餅をついてしまった。
それでも負けじと膝を立てて、彼女の行為を———本を引き裂くという蛮行を———必死に止めようとした。
「やめてください! 本を破らないでっ!」
「私に触れないでちょうだい、穢らわしい! あなたもこの小説もどきも、醜悪で最低の存在だわ! 本当に……気持ち悪いっ!!」
彼女の台詞がまるでエコーがかかったように頭の中にわんわん響いた。目を見開く私の前で、破かれたページがはらはらと舞い落ちる。
その光景は私の、封印していた過去の扉を容赦なく開け放った。