俺の先輩自称殿−本当のお名前なんですか?‐
しかし、あれだなぁ、この人。

普段は、男性バレエダンサーしか着ないような衣装とか、宝塚歌劇団か劇団四季しか持っていないような衣装とか、昨日みたいにフィギュアスケート選手しか着ないような衣装とか、あるいは昔のアイドルを髣髴とさせるような衣装とか、そういう唖然とするような衣装ばかりを選んで着ているので気づかなかったが。

まともな和装も似合うんだな。
ぴんと伸ばした背筋で、すたすたと歩いていく様は、有名な歌舞伎役者のようですらある。
実際、雰囲気が違うからか、行き交う生徒もなかなか彼を「殿」だと認識出来ないらしく、見かける女性は皆足を止めるし

「うわ、誰、あの人。素敵ー」

なんて声も耳に入る。

「え? でもナルっぽくない?」

気づいたようだ。まぁ、実際殿(ナル)だし。

「うん、顔だけはナルに似てるような気もするんだよね。
でも、雰囲気違うよ。
もしかして双子だったり☆」

「えー、双子?
私、あっちとだったら付き合ってもいいわー」

うっとりした声まで耳に入る。

「え、でも双子だとしたらナルの義理の姉か妹になるのよ。
それ、耐えられる?」

「あー、ダメダメ。
それだけは無理だわ。それだったらそこそこの顔の男で我慢しとく」

「でっしょー?」

……思った以上にいろんな意味で有名なんですね、殿。

俺は心の中だけで、そっと呟いた。
もっとも、当の本人はそんなひそひそ声を気にする様子も無い。

まぁ、殿は自分が「ナル」と影で呼ばれているという事実を、認識できない人だからなぁ。
都合の悪いことは全て都合よくカット出来るという、スーパーポジティブ人間には欠かせない機能的な耳と脳をお持ちなのだ。

絡みつく視線や噂話をものともせず、殿は風を切って颯爽と足を進めていく。
何故、歩きづらいはずの和装の殿より、俺のほうが脚を運ぶのに疲れているんだろう。

部室から拝借してきたタオルも、絞れば汗が滴ってきそうな勢いになっていた。

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