あやかし×コーデ
5、ひらめいた
「でもね、大人は見える人少ないけどね、子供はまだ、見える子が多いのね。あたし、お友達ほしいの。一緒に遊びたいの。もう何十年も遊んでない……」
「座敷わらしちゃんていくつなの?」
見た目は小学校低学年くらいなんだけど。座敷わらしちゃんは、両手の指を何回も折って自分の年齢を数えていたものの、「うーん、わかんない!」とあきらめた。
見た目は子供だけど、妖怪だもんね。私より年上らしい。
「今いるおうちには、小さい男の子が住んでいて、その子やその子のお友達と遊んでみたいの。でも、恥ずかしくって、顔を出せないの!」
「どうして? 遊ぼう、って言えばいいじゃない」
ぼっちの私が言うのもなんだけどね……。
座敷わらしちゃんは、むうっと口をとがらせた。
「このおべべは、恥ずかしい。みんなと違う。きっと、違うって言われるに決まってる」
「おべべって?」
私の質問に答えたのは樹だった。
「古風な言い方で、着物のことだ」
「はあ、なるほど。着ているものがみんなと違うってことね」
確かにそうだ。
座敷わらしちゃんが着ているものは洋服ではなく、着物。赤いちゃんちゃんこに、おかっぱ頭の女の子なんて、その辺に歩いてはいない。
それが座敷わらしちゃんには不満らしい。みんなのところへ混じって遊びに行けないという。
「それにしても、ここにはたくさん服があるなあ!」
座敷わらしちゃんは楽しそうに、歩きながら服を物色し始めた。
「……それで?」
私は樹に小声で尋ねる。わざわざあの子を店に連れてきたのには、理由があるはずだ。
樹と私は部屋の隅の方に寄った。
「本来、座敷わらしに現代の服を着せなくてはならない理由はない。人の間で広まっている座敷わらしの話の中には、こんなものがある」
――いつものように、子供たちはみんなで楽しく遊んでいた。親が、子供を迎えにくる。いつもの仲間で遊んでいるはずの子供たち。なのに、いつもの人数よりも、一人多い。何度数えても一人多い。けれど、一人多い子がだれなのか、子供の親にはわからない……。
「服が着物であろうが、座敷わらしは溶けこめる。大体の座敷わらしはそうだ。だが、こいつは妙に服装が気になってしまって遊べないという。そういうヤツもいるんだよ。このままだと、今いる家を離れて町を出て行くかもしれない」
「はあ」
そう言われても、それと私と何の関係が?
「座敷わらしが今ついている家というのは、二丁目の木下家だ」
木下。どこかで聞いたことがあるような気がするな。
「長女は木下真里奈。お前のクラスメイトだ」
木下真里奈! 日向寺グループナンバーツー、お金持ちの木下さんか!
木下さんといえば、中学生ながらブランドものの小物をよく持っていて、そこそこ裕福な暮らしをしているのはみんな知っている。
樹いわく、座敷わらしちゃんは木下家の次男で小学校一年生の大輝君がお気に入りらしい。
「本来であれば、座敷わらしはまだあの家についているんだが、予定が狂いそうだ。それも、理由が『服装』で。咲、知っているか。座敷わらしが去った家は家運が傾く」
「貧乏になるってこと?」
「そうだ」
……だから、それと私と何の関係があるっていうの!
樹はまた、穴が開くくらいじっと私を見つめるし、私も負けじと目をそらさないから、妙なにらめっこが始まってしまう。
「あんたは私に何をしろっていうの?」
「座敷わらしが好んで着られそうな『こーで』を考えてもらいたい」
そうきましたか……。
「なんでよ。あの子の好きなもの、好きなように着させてあげればいいじゃない」
「わからん、と言う。どれを着てもぴんとこないんだそうだ。無理もない、イマドキの服なんてわからないからな」
イマドキのファッションはわからないけど、古風な服でみんなの前に出るのはイヤってことかぁ。やっかいだな。
うちのお店には子供用の服は少ないけれど、いくつかある中からオススメしてみた。
「座敷わらしちゃん、こっちに来て」
「はいはい!」
ニコニコして、素直に歩いてくる座敷わらしちゃん。とっても可愛いから、何を着せても似合いそうだけど。
「こんなのはどうかな?」
ごく普通のサマーセーターにスカート。白いソックスに靴をはいたら、いい感じだと思うけど。悪目立ちもしないしね。
「イヤだ! 地味すぎる!」
「じ、地味……」
目立つのがイヤだったんじゃないの……?
「もうちょっとボーイッシュなのがいいかな? みんなと遊びやすいし」
と、トレーナーとズボンをすすめてみたものの座敷わらしちゃんはむくれてしまう。
「イヤ! 私には似合わん! こんな服では、この可愛い顔が引き立たない!」
明るくておとなしい子だと思いきや、なかなかこだわりが強いみたい。
これはなかなか手こずりそうだな。
どれだけこっちがオススメしたって、本人が着たくなければ仕方ない。
「今日すぐにというのが無理であれば、後日また連れてくる。それまでに似合いそうで、気に入りそうなものを用意していてくれないか」
「ええ……。私には荷が重いなぁ」
私だって妖怪に詳しいわけじゃないし、座敷わらしちゃんの心をつかむようなコーデを考える自信がない。
「このままでは、お前のクラスメイトの木下真里奈が不幸な目にあうぞ。それは忘れるな」
と言って、樹は座敷わらしちゃんを連れてお店を出て行ってしまった。
背中を向けて去っていく樹と、だっこされてこっちへ楽しそうに手を振る座敷わらしちゃん。
「さきー、『こーで』、楽しみにしてる!」
引き戸がしまり、バサバサッと飛び立つ音がする。
そして、静かなお店に一人残された私。
さっきむくれていた座敷わらしちゃんみたいに、不満を顔いっぱいで表す。不満を抱く相手はもう、目の前にいないけど。
(木下さん家がどうなろうが、知らないよ。第一、私はあの子と全然仲良くないし。友達じゃないし!)
でもそんなことを口に出したら、私がすっごくイヤなヤツみたいじゃない?
私は腰に手をあててため息をついた。
カウンターに乗ったままの宿題をにらむ。
学校のだけでも手一杯だったっていうのに、よくも宿題を増やしてくれたな、樹のヤツ。
っていうか、どうしてアイツ、いっつも偉そうなわけ?
* * *
「あーーーー……どうしよう……」
授業と授業の間の休み時間。
私はノートに座敷わらしちゃん用のコーデ案をいくつか描いてみたけれど、あまり良いものが思いついていなかった。
可愛い顔が引き立つような、地味じゃなくて、あの子が気に入る服装か……。
図書室から妖怪関係の本も借りて調べてみた。座敷わらしっていうのは、いたずら好きだと書いてある。だったらわんぱくな格好もいいかなって思うんだけど、ズボンはイヤみたいだしなぁ。
ふと目線をずらすと、今日も日向寺グループが盛り上がっている。
「ねえねえ、この服めっちゃ可愛くない? ユーチューバーのはるるんがアパレルブランドとコラボしたんだよ」
持ち込み禁止のはずのスマホを見ながら木下さんが弾んだ口調で紹介している。
「えー待って、限定品じゃん。しかも高ーい。買えないかもー」
「ふふ、あたしはパパにおねだりして買ってもらっちゃお」
「いーなー真里奈。さすがお金持ちは違うわ!」
いや、あなたのおうちの経済事情、知らない間にピンチになってますよ。このまま座敷わらしちゃんの気に入るコーデがひらめかなかったら、限定品の服どころじゃないかもよ。
なんて気持ちで見ていたら、木下さんと目が合ってしまった。
「ちょ、瑞野さんがこっち見てんだけど」
「うらやましいんでしょー、私たちのオシャレガールズトークが。瑞野さんはなんか奇抜な服しか着れないみたいだし」
おいおい!
誰のために私は昨日からあんなに悩んでると思ってんの!
木下さん、あんたの家を救うためなんだよ! 未来の恩人になるかもしれない私にそんな口きいていいわけ?
今すぐ座敷わらしちゃんに、木下家から出てってくれって頼んでやろうか!
とぶちまけたいところだけど、そんなこと言おうものなら「瑞野さんってヤバいの服装だけじゃなかったんだ。頭もヤバいんだね」ってどん引きされかねない。
あーあ、もう。
どうして私がこんな目にあわなくちゃいけないんだか……納得いかない!
ノートを破って紙をぐしゃぐしゃに丸める。そのまま教室後ろのゴミ箱にシュート!
しようとしたんだけど、縁に当たって見事に弾かれてしまった。
ついてないことばっかりだよ。
席を立ってとぼとぼと歩く。ゴミを拾ってゴミ箱に捨てて、自分の席へと戻ろうとした時だ。
どうしても、日向寺さん達のそばを通らなくてはならなくて、日向寺さんの後ろに回った。
スマホの画面をスワイプしている日向寺さん。
「ねえ、私このヘアアクセほしいなー。でもちょっと派手かな」
「うーん、乃愛のいつもの服装からすると子供っぽいかもね」
画面の中のヘアアクセサリーが目に飛び込む。
「それだっ!!」
「うわあっ」
「びっくりした! 何よ!」
突然大声をあげた私に日向寺グループの面々は驚くやら呆れるやら。
そんな反応は気にもせず、私は自分の席に急いで戻り、ノートに書きこみはじめた。
そうだ。ひらめいたよ、座敷わらしちゃんにぴったりなコーデ。
やっぱりさ、コーデってのはテーマがなくちゃ、だよね。