あやかし×コーデ
9、すばらしいです
* * *
「……でき……ない…………」
もうすぐ体育の授業が始まる。
ジャージに着替えた生徒たちが、整列する前にそれぞれうろうろしていた。
私は壁にもたれて座って、さっきからため息をつきっぱなしだ。
だって、「これだ!」ってアイディアが浮かばないんだもの!
いろいろ考えてはみたんだよ。
一番良いのは、目を隠すことだ。コンプレックスは隠してしまうのが手っ取り早いもの。
たとえば、足の太さが気になるのなら、ボリュームのあるロングスカートで隠してしまえばいい。
そういう感じで、上手く目が隠れるコーデをオススメしてみようかなとは思ったんだ。
でも、それって――なんか違うよね。
一つ目小僧は隠したがってるけど、それはあの子のチャームポイントであり武器でもある。第一、人を驚かそうっていうのにあの目を隠しちゃダメじゃない?
昨日も夜遅くまで頭をひねってみたんだけど、寝不足になっただけだった。
あくびが止まらないわ……。
ふわあ、と開いた大口を私は隠しもしない。繊細なタイプじゃないから、あくびしたとこ見られても平気なんだよねぇ。
「えーっ、乃愛ってコンタクトだったのぉー?」
聞き慣れた女子の声がして、私は何気なくそちらを見た。
はい。出ました。日向寺グループです。
私も気にしてるわけじゃないんだけど、どうしてかあの人たちはよく私の近くでおしゃべりしてるから、会話が耳に入ってきちゃうんだよ。
「家ではメガネかけることもあるんだけどね。お母さんが似合わないって言うの。コンタクトすすめられて、つけてみたらいい感じだったからこっちにしたんだー」
「でも乃愛ならメガネだって似合うと思うよ! 丸メガネとかさ」
きゃっきゃとはしゃぐ日向寺さんたち。
メガネも似合うけど、日向寺さんならやっぱりコンタクトレンズの方がしっくりくるかもしれないな。
メガネをかけるとがらっと印象変わる人っているよね。
「メガネか……」
サングラスとかかけてみない? って一つ目小僧に提案してみようかな。
でもそれだと隠すことには変わらないし……。
「これは医療用コンタクトレンズなんだけど、カラコンしてみたいなー、いつか。今はダメって言われてるんだ」
「デカ目になれるんでしょ?」
……ひらめいた。
「それだぁ!」
大声を出して私は立ち上がる。
びくっと震える日向寺グループ。
「ま、また独り言言ってるよ、瑞野さん……」
「しっ……怖いからほうっておこう」
また、日向寺さんたちからヒントをもらっちゃった。
私としてはお礼を言いたいところだけど、おびえて少しずつ遠ざかっていってるし、無理みたいだ。
* * *
「樹にお願いがあるの」
私は家からタブレットを持ち出して、お店に持ってきていた。
実は樹にもいくつか服をコーディネートしてほしいと頼まれていて、近いうちにまた来るって言われてたんだ。
その時に、相談してみようと決めていた。
「これ、カラーコンタクトって言うんだけど……」
画面に表示されているのは、様々な色のコンタクトレンズをつけた人たちや、その商品。
カラーコンタクトレンズ、いわゆるカラコンは、デカ目に見えるためのオシャレ、コスプレ用、映画の特殊メイクの時など、様々なシーンで使われている。
「妖怪用のカラコンなんて売ってないんだけど、樹は用意できないかな」
コンタクトレンズが何であるかを樹に説明する。しばらく考えていた樹だったけど、「知り合いに聞いてみよう。作らせる」と言った。
「作れる人がいるの?」
「妖怪に必要な道具を作る職人もいるからな。服の修繕をするヤツがいるように」
百合子おばあちゃんも昔はオーダーや修繕をやっていたって言ってたもんね。
そういうわけで、あとは樹にたくして、その日私たちは解散した。
* * *
樹と一つ目小僧が来店する。
「いらっしゃいませ」と私は迎えた。
樹が着ているのは、着物をリメイクしたポンチョだ。ミステリアスな彼の雰囲気を引き立たせる。私が選んだものだった。
で、一つ目小僧はというと……。
「こ、こんにちはぁ。お手数かけますぅ咲様ー」
あいかわらず手で目を隠したまま、オドオドとあいさつを返してくる。
……仕方ないよね。
他の人がいくら「気にすることないよ!」って言ったって、「そうだよね」なんて前向きになることはできない。
気にしてしまうつらさは、本人にしかわからないわけで……。
「樹、持ってきた?」
樹は脇に抱えていた箱をかかげて見せた。どうやら、調達できたみたいだ。
樹は箱を持ちながら、一つ目小僧の前にひざまずいた。
「これを見ろ、一つ目小僧」
「はあ……」
一つ目小僧は例によって、指の間からのぞいている。
私と樹は、無言で一つ目小僧の両手をそれぞれ左右引っ張って、顔から引き離した。
「いたたたた! なにするんですかーっ」
申し訳ないんだけど、ちゃんと見てほしかったからね……。
パカッと、箱のふたが開かれる。
そこにあったのは、薄くて丸くて透き通った、青い色のレンズだった。
「ふわあ……なんですか、これ……」
一つ目小僧は大きな目を、さらにいっぱいに見開いた。
「水たまりに張った、薄氷のようではないですか」
「これは目に装着するものだ。『からこん』と言うらしい。人間用のとは違って、妖怪向けの特別製だが」
不思議そうに一つ目小僧はカラコンを手にとる。そして、言われるままに目につけた。
手つきはおっかなびっくりで、見ている私もハラハラする。
「それ、目に悪くない素材でできてるんだよね? 人間だと長時間つけてると充血したり、よくないって聞いたんだけど……目が傷ついたりしないよね?」
「落ち着け、咲。こいつは妖怪で、丈夫だ。簡単に目は傷つかない」
カラコンをつけた一つ目小僧の手を引いて、姿見のところまで連れて行く。
「どうかな」
「あ……!」
一つ目小僧は、鏡の中の自分に見入っていた。
一番大きな特徴の瞳は、美しい青色に変わっている。
「これはキレイだ。美しい。真冬の湖水のようではないですか」
自分の瞳に、うっとりとしている一つ目小僧。
そう。まずは、この子に自分の目を気に入ってほしかった。自分で見たいと思えるような目になれば、きっと他の人にも見せたくなるはず。
ついでに、用意していた服も着てもらった。
現代版、一つ目小僧のコーデはこうだ。黒のタートルネックに黒のパンツ。靴だけは下駄のまま。
ほぼ全身真っ黒コーデ。暗闇の中で、大きな目だけが引き立つようにしてみた。私の好きなモード系に近い。
「ああ、ああ。すばらしいです!」
一つ目小僧は手をたたいて、飛び跳ねる。さっきまでうつむいていた彼とは別人だ。
「僕の瞳は、こんなに魅力的だったんですね!」
私もほほえんで見せる。
「カラコン、なくても素敵だけどね。いつか、気持ちが落ち着いたら、裸眼……妖怪でも裸眼って言うのかな……とにかく、カラコン外した状態でも活動してみてね」
「はい! なんだか、早くだれかに見せたくなってきました!」
たまには道具に頼るのも悪くない。
まずは自分を好きになることが大切だよね。
私と樹は、顔を見合わせて笑った。