あやかし×コーデ
8、コンプレックス
* * *
「いらっしゃいませ……」
あいさつは基本中の基本。ましてや商売をやる人間なら、なおさら元気にあいさつするべきで。
私は中学生だし、単なる臨時の店番だけど、一応はちゃんとお客さんにあいさつしようと心がけていたんだ。
でもさぁ……。
「どうした咲。元気がないな」
天狗の美少年が、今日もすました顔でお店にやって来る。
元気がない原因は樹のせいなんだよね。
多分また何か問題を抱えてきたはずなんだ。それを思うと、聞く前から悩んでしまう。
ふうー、とそっぽを向いてため息をついていると、樹がすたすたと歩いてきて私の額に手をあてた。
「人間は弱いからな。風邪でもひいたか」
「引いてないってば!」
焦って身を離す私。
美少年に触れられたら、どうしても照れが隠せない。樹、すぐ触ってくるからなぁ。妖怪だからかな。
外国の人は日本人よりスキンシップが多いって聞いたけど、妖怪もそうなの?
などとどうでもいいことを考えていると、樹が店の外に声をかけた。
「入れ」
おずおず、と小さな影が入店する。
その人は、つばの大きな帽子をかぶって、顔のほとんどが隠れていた。座敷わらしちゃんよりは大きいけど、子供かな。
いらっしゃいませ、とあいさつするも、その子はうつむいて入り口に突っ立ったままだ。
「この子は……?」
樹が連れて来たんだから、妖怪だとは思うんだけど。
「見ればわかる」
強引に樹が引きずってきて、本人の了解も得ずに帽子を取り去ってしまった。
樹ってこういうところ、強引なんだよね……。
「ああっ!」
子供が悲鳴をあげる。
「おおっ!」
私も声をあげた。
頭はつるんとしていて、髪の毛は生えてない。
見た目があまりに特徴的だから、樹から教えてもらわなくても、一目で私も彼が何者であるかわかった。
「一つ目……小僧?」
顔の真ん中に一つだけ目がある。異様に大きい目だった。
一つ目小僧は帽子を取られると、即座に両手で自分の目を隠す。
「ひ、ひ、ひどいですよ樹さまぁ」
肩を震わせて一つ目小僧が抗議する。
歳は小学六年生か、中学一年生といったところかな。あくまで見た目の年齢だけど。
「近頃、時代が進んだせいか、昔以上に悩みを持つあやかしが増えている。前に連れてきた座敷わらしもそうだし、この一つ目小僧もそうだ。主に見た目や服装の悩みだな」
「この一つ目小僧もそうなの? 見た目の悩み?」
ああ、と返事をすると、樹は一つ目小僧に自分から悩みを打ち明けるようにうながした。
「実は……」
か細い声で一つ目小僧は言う。
「ぼく、この大きな目が好きじゃないんです。恥ずかしいんです」
「ええーっ?」
思いもよらない悩みに、私は声をあげてしまった。
だって一つ目小僧のチャームポイント(?)って目だよね。その目が好きじゃないなんて。
「見せてもらってもいいかな」
私が頼むと、一つ目小僧は渋々、手を離した。でも、うつむきがちだ。
顔をのぞきこんでみる。
まあ……不気味といえば不気味ではある。でも、妖怪なんだから、不気味で正解なんじゃないかな。
大きな瞳はつぶらで、愛嬌があると思うけど。
「ぱっちりしてるし、悪くないけどねぇ」
とあいまいな言い方でほめるしかない。
ふっと一つ目小僧が、お店に置いてある姿見を見る。そのとたん、鏡の中の自分が目に入ったのか、キャッと悲鳴をあげて、また顔を手でおおってしまった。
「この有様で、本人も困っている。自分で驚いていては、人間を驚かすこともできないからな。驚かすのは妖怪の仕事だ」
樹は縮こまっている一つ目小僧を見てため息をついている。
「質問していい? 一つ目小僧は今も人を驚かしたりしているの?」
この町で、一つ目小僧の目撃談なんて聞いたことないけどな。
「ああ。しかし、一つ目小僧という妖怪と会ったことはすぐに忘れてしまうんだ。恐怖心だけが残るようになっている。現代人は、妖怪と会ったことを記憶にとどめておけないヤツがほとんどだから」
「私は忘れてないみたいだけど……」
「お前は特別だ」
それって喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか……。クラスの中でも私って、どちらかといえば「変わった人」に分けられる存在だからなぁ。
とにかく、人を驚かすこともできずに誰とも会わないで過ごしているという一つ目小僧。
「他の一つ目小僧はみんな、自信を持って活動しているというのに……」
一つ目小僧は、自分を見なくて済むように、誰からも見られないように、目をぎゅっとつぶったまま嘆いている。
一つ目小僧って、一人だけじゃないんだね。
「仲間に相談してみたらどう?」
すると、とんでもない、というように一つ目小僧はブンブン頭を振った。
「驚かす部分に自信がないなんて、言ったら笑われますよぅ! 妖怪仲間になんて、ほとんど話せないんです!」
コンプレックスってやつかな。
私の周りにもそういう子、いるよ。目が一重なのを気にしていたり、ぽっちゃりしてるのを気にしていたり。鼻の形、指の長さ。気になっちゃうのは人それぞれ。
確かに、だれにでも相談できることじゃないか。
とすると、樹はこの一つ目小僧に信頼されているのかな?
「……それで、私のコーディネートの腕でこの子のコンプレックスをどうにかしろって言いたいわけ?」
「そうだ」
樹はうなずく。
あっさり言ってくれるよね。
私は頭を抱えてしまった。これは単純に、服装を変えたら解決、という問題ではなさそうだ。
自分の一つ目が嫌いな一つ目小僧、か……。
「えーと……一つ目小僧君。好きなものがあったら教えてほしいんだけど」
「好きなもの、ですか。そうですね、綺麗な色のものが好きかなぁ。宝石とか、好きなので」
綺麗な色のもの。この子の気に入る色の服を着せてあげて、それを見てもらえばいいかな?
そうしたら、目を開けたくなるかもしれない。
一つ目小僧には派手すぎるような服を次々に見せてみたけれど、反応はあまり良くなかった。
指のすきまから服を見て、「うーん……派手すぎますね」とか「似合う気がしません。キラキラしすぎてますから」と拒否してばかりだ。
この日は良い案がひらめかず、樹たちは帰ることになった。
「では、また来る」
一つ目小僧が先に出て行ったのを確認して、私は樹の服を引っ張った。
「あんまり期待されても困るよ」
すると樹は、唇の端を曲げて笑みを浮かべた。
「お前ならできる。俺が認めた女だ。俺はお前の才能を信じてる」
すごいプレッシャー感じるんですけど!
私は店を出て、一つ目小僧を抱えながら飛び立つ樹を見送った。
やれやれ、次から次へと難題を……。
「でも……頑張ってみますか……」
信じてる、って言葉を聞いて、悪い気はしなかったからね。
できる限りのことをしてみよう。