もう分別のある 大人ですから
月曜に赤澤と飲みに行ったおかげで、夏希は一週間ずっと調子が良かった。
特別なことがあったわけじゃない。ただ少し笑って、少し話して、それだけなのに、胸の奥が軽い。仕事に集中できるし、周囲の雑音も気にならない。理由は分かっているけれど、あえて考えないようにしていた。

「青葉、なんかいいことあった?」

白石の勘は相変わらず鋭い。
無意識のうちに口角が上がっていたのかもしれない。

「別に? いつもと変わんないけど」

「赤澤くん関係?」

図星を突かれて、一瞬だけ言葉に詰まる。
でも、すぐにいつもの調子で誤魔化した。

「勝手に想像しててくださーい」

またこうして探られている。
白石は、夏希と赤澤の仲が知りたいのか、それとも単純に赤澤自身が気になるのか、いまいち分からない。

「この前の帰り、いい感じだったよね」

「普通に話してただけだけど」

そう言いながら、赤澤が袋を持って歩いてくれた背中を思い出してしまう。
あれは、特別な意味なんてなかったはずなのに。

「二人ともさ、連絡先聞かれてたのに、きっぱり断っちゃってさ」

「彼氏いるから、そういうの困るし」

言葉にした途端、少しだけ胸がざわつく。
“彼氏がいる”という事実は変わらないのに、最近その言葉を使うたび、違和感が残る。

「赤澤くんとは交換したの?」

「してない。そういう会話もしてないし。向こうにも彼女がいるんじゃない?」

そうだったらいい。
そうだったら、余計なことを考えなくて済む。

「だとしたら末恐ろしいな」

「なにが?」

「んー、いろいろとね」

白石は意味深に笑う。
その笑顔が、なぜか少しだけ胸に引っかかった。

「あ、それよりさ。私、今紫村くんと連絡とってるんだよね」

「紫村くん? あー、向かい側に座ってたガタイのいい人ね」

「そうそう。鍛えてそうな感じの。今度ご飯行くんだー。私にも彼氏できるかも」

「へー、よかったね」

本心からそう思っているはずなのに、どこか上の空だった。

「どうでもいいって顔するなよ」

「興味ないくて悪かったね」

「っていうか、赤澤くんは青葉に彼氏がいること知ってるの?」

「あー、どうだろ。多分知らないんじゃない? 言ってないし」

わざわざ言う必要もない。
そう思っているのに、なぜか胸の奥がちくりと痛む。

「いーのそれ?」

「私なんか相手にされるわけないし、されたらされたで困る」

それは本音でもあり、言い訳でもあった。

「でも、彼氏とは別れるんでしょ?」

「まだ付き合ってるから」

即答した自分に、少し驚く。

「この際スパッと別れちゃいなよ。すぐそばに優良物件があるわけだし、悩むことないよ」

「そうは言っても、二年付き合ったわけだし、それなりに情はあるし。もし別れるなら、綺麗に終わりたいから、タイミング見計らってるの」

「情ね」

白石は呆れたように言いながらも、どこか優しい目をしていた。
夏希はその視線から逃げるように、パソコンの画面へと視線を戻した。
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