離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する

「ああ、ごめん、声かけるタイミングがよくなかったね」
「いえ、大丈夫です。真木さ……課長もお昼遅かったんですね」
「真木さんでいいよ。肩書きで呼ばれるの、あまり好きじゃないから」

 トレーをカウンターに置き、彼が隣に腰かける。瞬間、ふわりとバニラのような甘い香りがして、独身で女好きそう、と勝手に予想していた葵ちゃんの言葉を思い出す。

 いや、女性に限らず単に人好きなのかもしれない。異動初日からこうして気軽に部下とランチしようとするくらいだから。

 彼の人柄をなんとなく想像しながらコーヒーを啜っていると、真木さんがフォークでパスタを巻き取りながら、こちらを向く。

「アプリ開発課の社員に聞いたけど、きみって社長令嬢なだけじゃなくて、あの財前社長の奥様なんだって?」
「……は、はい。そうです」

 いきなりプライベートのことを突っ込まれ、むせそうになったがなんとか堪える。

 長らく同じ部署にいる社員たちは周知の話でも、異動してきたばかりの真木さんにとっては初めて聞く情報だったのだろう。

「大変だろ、あんな多忙な人の奥さんやるの」
「いえ、それも覚悟のうえで嫁ぎましたので」

 慣れた質問だったので、にっこり微笑んで答えた。

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