離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する
「珀人……。本当に、素敵な人と巡り合ったのね」
しみじみとした調子で母が呟いたので、ハッと我に返る。
気恥ずかしさをごまかすように咳払いをした直後、社長室の扉がノックされた。
「社長、四季です」
彼女の声を聞いて、思い出したように腕時計を見る。いつの間にか、取引先へ向かう時間が迫っていた。
「もうすぐ出られる。少し待ってくれ」
扉の外に声をかけると、母が慌ててソファから腰を上げた。
「忙しいのに、突然来てごめんなさい。元気な顔が見られてよかった」
「ああ。……そっちも体に気をつけて」
バッグを持って忙しなく社長室を出て行こうとした母にそう告げると、彼女の目に一瞬涙が光る。
理不尽に振り回されたこともあるが、彼女の中にも息子を思う気持ちがまったくなかったわけではないのだろう。
それがわかっただけでも、長年自分の中に降り積もらせていたわだかまりは、もう手放していい気がした。
母を見送った後、四季を社長室の中で待機させて外出の支度をしていると、彼女が遠慮がちに近づいてきて、俺の顔を覗く。
「財前くん、大丈夫?」
心配されるような心当たりはなく、俺は怪訝な顔をして彼女を見る。