離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する
「今からきみを抱く」
「えっ――」
戸惑って彼の目を見つめ返すも、珀人さんは無言で顔を近づけてくる。そのまま逃げる隙も与えられずに、彼の唇が私のそれに重なった。
ドキン、と大きく心臓が跳ね、頬に熱がのぼっていく。
……また不具合だ。だって、このタイミングでキスされるなんて誰が思うだろう。
軽く身じろぎして抵抗を試みるものの、珀人さんの体はびくともしなかった。
永遠にも感じられた数秒間が過ぎて彼の唇が離れると、ぷは、と気の抜けた息が漏れた。
「な、なんでキスを……」
「きみが望んだんだろう。……どうする? この先に進むか否か」
鋭く細めた目で私の瞳を覗く彼は、これまで見たことがないほど色っぽい顔をしていた。
どうせ離婚するなら、最後にいい夢を見せてやろうとでも思ったのだろうか。それともただの同情?
どちらにしろ彼に私への愛情はないのだから、選択肢は『断る』一択だ。
……わかっているのに、なぜか喉がぐっと狭くなって声が出せない。
「黙っているなら、俺がしたいようにしてしまうぞ」
珀人さんが私の手を取り、指先にちゅ、と口づけする。それからちらっと流し目を送ってきて、私の反応を窺った。
相手は離婚の意思を伝えた夫なのに、私はまたしてもドキドキしていた。
さすがにもう、不具合のひと言じゃ済ませられない。
……私の心はまだ、珀人さんへの恋心を捨てきれていないのだ。