離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する
「先生、夫には私の口から話しますので、どうかこの話は内密に……」
「もちろんです奥様。私たち医療従事者には守秘義務がありますのでご安心ください」
先生の傍らで、女性の看護師も頷く。私は彼らを信用して、「ありがとうございます」と頭を下げた。
口の堅い人間でなければ、そもそも財前家の専属医師には選ばれない。私が嫁いだのは、そういう特別な家なのだ。
「それでは、ご主人をお呼びして私たちは失礼します。どうぞお大事になさってください」
看護師を伴い、神山先生が寝室を後にする。
一度扉が閉まった後、すぐに珀人さんが部屋に戻ってきた。
「早いですね……。先生のお見送りはよかったんですか?」
「ああ。申し出たんだが、先生がきみのそばにいてやってくれと。悠花、きみはまさか命にかかわる悪い病気なのか? だから先生もあんな言い方を……」
思いつめた様子でそう言った珀人さんは、いきなりベッドの傍らに膝をつくと、布団の上に出ていた私の手をギュッと握った。
そして、切なそうに眉根を寄せて自分の頬にあてる。
もう神山先生や看護師はいないのだから、愛妻家を他人にアピールする必要はない。それなのに、彼はこの上なく愛おしそうな目をして私を見下ろした。
「教えてくれ、悠花。……きみの体になにが起きている?」
「珀人さん……」
普段は理知的で冷たい印象にも感じる彼の瞳が、熱く潤んでいる。
彼と結婚してからずっと、こんな風に見つめられたいと思っていた。本気でこれまでの自分を後悔し、変わってくれたのだろうか。
夫の態度が演技でもそうでなくても、前に進むためには本当のことを話さなければ。
「私、あなたの赤ちゃんを身籠っているかもしれません」
珀人さんの美しい薄茶色の瞳が、驚きと戸惑いとを隠せずに揺れる。
きっと私たちの脳裏には、同じ夜の記憶が蘇っている。
私たちが肌を重ねたのは、結婚してからただの一度だけ。
妊娠するならあの日しかなかったから――。