離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する
「いや、時間はあるが遠慮しておく」
「……どうして?」
鞠絵さんと一緒に、私も心の中で珀人さんに問いかけていた。きっぱり断ったのが少し意外だったのだ。
珀人さんは鞠絵さんの質問に答える前に、ふと隣にいる私を見下ろす。そして、生徒会室に来る前に一度話していた私の手を、もう一度握った。
知り合いの目の前で堂々と手を繋がれ、ぶわっと頬に熱が集まる。
「今日は、夫婦で思い出の場所を巡る約束なんだ。まだ行くところがあるから、俺たちはこれで失礼する」
「珀人さん……」
彼が他人の前で仲睦まじい夫婦を演じるのは珍しくない。しかし、今回はその上辺だけのお芝居とはなにかが違う。
明確な根拠があるわけではないけれど、重なった手のひらから、彼の温かな気持ちが伝わってくる気がする……。
「……そう。残念だけど仕方ないわ。それじゃ月曜にまた会社で」
「ああ」
「お、お先に失礼します……。みんな、生徒会頑張ってね!」
大した激励もできないまま帰ることになってしまったので、最後にそれだけ声をかけて生徒会室を後にする。
ドアを閉めたところで珀人さんが立ち止まり、ふいに私の顔を覗き込む。
「オケ部の演奏、聴きたかったか?」
「えっ? まぁ……少しだけ」
「だったらこっち。秘密の場所を教える」
珀人さんは悪戯っぽく微笑むと、人目を気にしながら歩きだした。
秘密の場所……?
いったいどこかはわからないが、十代の頃のように胸がときめいた。
目に映る景色が懐かしい景色ばかりだからか、今の自分が大人なのか高校生なのか混乱して、不議な気分。なんだか、青春のやり直しをしているみたいだ。