離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する
彼に手を引かれてたどり着いたのは、校舎と別棟になっているホールの外。ちょうどステージの裏側辺りに簡素な庭があって、ぽつんとひとつだけベンチが置かれていた。
今の時間は建物の影がかかって、昼間なのに薄暗い。確かに〝秘密の場所〟という言葉がよく似合っていた。
珀人さんに促され、ベンチに並んで腰かける。
「生徒も、それに多分先生も、あまりここを知る人はいないんじゃないかと思う。学校生活に疲れてひとりになりたい時、よく来ていたんだ。この場所は瀬戸山も知らない」
「そんなに大切な場所を、私に教えてしまってよかったんですか?」
「ああ。本当は当時も、きみとふたりでここへ来たいと思っていたから。……ほら、聞こえてきた」
珀人さんが話すのをやめて目を閉じる。すると、ホールの方から微かにバイオリンの音色が聞こえてきた。次第に他の弦楽器や木管楽器他の音が重なり、一気に演奏に厚みが増す。
聞き覚えのあるその曲は、松苑学園の校歌をアレンジしたものだった。
「たまたまここで休憩している時にホールで練習していたオケ部の演奏が聞こえて、特等席を見つけたような気分だった。高校生の俺に悠花を誘う勇気はなかったが、今、ようやく望みが叶ったよ。ありがとう」
「珀人さん……」
こうして静かな庭で珀人さんとふたりきり、懐かしいメロディを聞いていると、胸がトクトクと心地よいリズムを刻む。
鞠絵さんと一緒にホールの中できちんとオーケストラの演奏を鑑賞するより、高校時代の未練を私と一緒に解消しようとしてくれたことがうれしい。