離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する

 まもなくダイニングバーに到着すると、そこに広がる景色は当時のままだった。

 フロア中央にバーカウンターがあり、窓際にはゆったりとしたソファ席が設置されている。照明は最低限に絞られていて、とても落ち着いた空間だ。

「ここはあの時と同じ席だな」
「そうですね。さすがに席に着いた時のことは覚えています」

 案内されたのは、窓際のソファ席。テーブルを挟んで珀人さんと向き合うように座り、なにげなく外に広がる都会の夜景を目に映す。

 そうしているうちに、当時の記憶やその時抱いた感情が、断片的に浮かんできた。

 あの時、私はこれから珀人さんの妻になるのだという意識が強すぎて、少々力が入りすぎていたように思う。

 高校の頃は同じ生徒会に所属していたとはいえ、大人になってからの彼のことはなにも知らない。

 だから、珀人さんが好きなお酒の種類にも興味津々だった。

「あの、エメラルドグリーンのお酒……名前はなんでしたっけ?」

 逆三角形のグラスに満たされた透明感のある緑色のカクテル。珀人さんがそれに口をつける様子は見とれてしまうほどに大人っぽくて、様になっていた。

 だから、私も興味を惹かれて同じものを頼んだのだ。それまでは、珀人さんが勧めてくれたノンアルコールカクテルを飲んでいたのに。

「グリーンアラスカ」
「そう、それです。思い出してきました。アルコールも強いし、すごく癖のある味で」
「だから無理するなと言ったのに」

 彼がクスクス笑うので、拗ねたようにぷいと顔を背けた。

< 90 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop