天才魔導師の悪妻~私の夫を虐げておいて戻ってこいとは呆れましてよ?~
(それにしても、「ちょっとだけ……」などと言うから、なにをされるかと思ったら、深呼吸しただけとはな)
私は一瞬なにをされるのかと緊張したが、実際は大きく息を吸っただけで拍子抜けしたのだ。
(拍子抜け……? 私はなにを期待していたのだ)
自分の感情が掴めずに、ただただ顔が熱くなる。
(本当に調子が狂うな)
しかし、乱される心が心地よいのはなぜだろう。人の感情に翻弄されることが嫌いで、人を避けてきたはずなのに。
私はルピナをベッドに下ろすと、優しく布団を掛けた。
そうして、リビングへ向かおうとすると、ルピナが私の指を掴んだ。
ポカポカとした温かい手だ。
目覚めさせたかと思って、振り向くと彼女はまだ夢ごこちのようだ。
「……シオンさまぁ……。消えないで……」
ムニャムニャとルピナが寝言を言う。
(ルピナにとって、私はいったいなんなんだ? 消えるわけなどないだろう?)
私は小さく苦笑いする。
私は彼女の手から自分の手をそっと外す。
汗で額に張り付いた白い髪を綺麗に戻した。
「消えたりしない。安心しろ」
私がそう答えると、ルピナは安心したように口元を緩ませて、深く長い寝息をついた。