嘘でも恋していいですか?

第8話 薄れゆく意識の中で


 身体、重い。
 息が、苦しい。
 あと少し。
 あと少しできっと楽になる。

「舞、まってるからね」
「必ず帰ってこい」
「姉ちゃん、頑張れ」

 お母さんとお父さん、それに弟の俊《しゅん》が、ベッドに横たわってやっと呼吸を繰り返す私に声をかける。

 お母さんと俊は涙ぐみ、お父さんは涙は見せずとも目は赤らんで腫れぼったい。
 きっと昨夜、たくさん泣いたのだろう。

「うん、頑張るね」

 成功するかはわからない。
 でもやらなきゃ私はどっちみち……。
 僅かな可能性でも、賭けるしかない。

「雪根舞さん、手術室の準備ができたので、そろそろ……」

 病棟の看護師が呼びに来ると、母の目から大粒の涙がこぼれた。

「じゃ、行って来るね」
 そして私は、家族へと笑顔を向けると、用意されたストレッチャーの上へ寝転げ、そのまま看護師に連れられて病室を後にした。

 ***

 髪をたばね、緑色のキャップで覆い隠し、手術台に登る。

 あぁ、いよいよだ。
 もうすぐ、私の命の分かれ道。

 ルートをとられた場所に点滴が繋がれ、ぽたり、ぽたりと冷たい液が身体に流れ込む。

「それじゃ、麻酔を開始しますね」
 つけられたマスクから何かが出てくる。
 きっと麻酔の気体だろう。

 ゆっくり、ゆっくりと意識がかすんでいく。

 あぁ──落ちる……。
 怖い。

 まだ目を開けていたい。
 だって次に目が開くかなんてわからないのだから。
 それでも──。

 脳裏に浮かんだのは、彼の顔だった。

 もし次に目が開いたなら──その時には、あなたの顔が早く見たい──……。
「──……」
 薄れゆく意識の中で、彼が私の名を呼んでくれた。
 そんな気がした。

 ねえ
 ほんの少しでも、私といて、幸せでしたか?

 そして私は、移ろいゆく意識の中でわずかに頬を緩め、そしてゆっくりと瞼を落とした。


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