夜を繋いで君と行く
* * * 

 熱がいきなり下がったわけではないのに、息苦しさが格段に減った。息ができる。そんな音がする。
 ジャーと水が流れる音がして、止まったと思ったらキュッと皿の上を指が滑っていく音もする。一連のその動作が終わったと思ったら、パタパタと軽い足取りでどこかを行き来している。
 元々生活能力が高い人だということは知っている。だからこそ、自分よりも適切に看病ができるであろうこともわかっていたし、頼ったら断らないだろうとも思っていた。怜花のことが頭をよぎったのは本当で、本音を言えば仕事を休まなくても、帰りにでも少し寄ってくれたら嬉しい、そんな気持ちは確かにあった。それを言うか言うまいかでもだついていたところ、あれよあれよと熱は上がってしまった。こんな状態で呼んでしまえば風邪をうつすこともそうだし、そこそこ大変な看病をさせることになるところまでいってしまって、自分からは言えなかった。

(…結局顔見たら安心して、怜花のご飯は食べれて、…今ももう眠い。…勝手なもんだなぁ。)

 怜花は仕事を休んで駆けつけて、食事を作って片付けをして、多分それ以外にも気が付いた分で何かをやっている。さっきから動きは止まっていない。面倒だとも嫌だとも一言も言わず、ただ優しく触れて安心をくれるだけだ。

(…こうなるくらいなら、最初から言ってればよかった。ちょっと具合悪いから、怜花のご飯食べたいって。そのくらいなら、…言えたかもしれない。)

 言えなかった。どうしても、『嫌われたくない』『重荷になりたくない』という気持ちが先に立つ。結局心配されたら嬉しいくせに、心配をかけるだけの自分は彼女に相応しくない、と結論付けて強がってしまう。本当は臆病で、不安が胸を渦巻いているのに。

(…まずい。なんか、目が熱い。…なにこれ、泣きそうなんだけど。)

 目を閉じたままなのに、閉じた目の隙間から涙がこぼれ落ちる。熱が出た時、具合が悪くて動けない時、近くにこんな風に誰かがいて、その人がまっすぐに心配してくれたのは一体いつが最後だったのだろう。母親にも父親にもされたことがない。かろうじて、姉は心配して傍にいてくれたことがあったような気がする。
 薄れゆく意識の中で、そんな過去のことが浮かんでより一層目が熱くなった。

* * *

 コトンと音を鳴らす気はなかったが、思いのほか大きな音が鳴って焦ったものの、律は静かに眠っていた。起きていたら飲んでもらおうと思っていたポカリだったが、よく眠っているようなので怜花はソファの近くに腰を下ろして、ゆっくりと飲み干した。
 ふと目元を見ると、涙が流れた跡があった。

(…苦しくて涙が出たのかな?…それとも、何か違うことを思い出した…?)

 どちらにせよ、律はまだ涙を見せてくれたことはない。もしまだ泣きたい気持ちがあるのなら、受け止めて泣かせてあげたい。そう決意を新たにして怜花はスッと立ち上がった。
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