夜を繋いで君と行く
「…そんなに驚いているようには…見えなかったけど…。」

 怜花がそう言うと、耳元で苦笑する音がした。

「そりゃあ必死だったからだよ。自分でもつかみきれてない気持ちが変な形でバレて、距離置かれたら終わるって思ってたし。…でも、怜花っていう自分とは全く違う人生を歩んできた人が家にいることで、ああこの家って本当に何もなくて真っ白なんだって思ったんだよ。怜花が触ったところ、いたところだけ色づくみたいな感じに見えてた。皿洗いながら、そんなことを考えてた。」
「…隠すの上手だよね、本当に。」
「それを言ったらお互い様だからね?」

 少し尖った声で返ってきて、怜花は頷いた。

「それもそっか。…でも、同じような温度を私も律に与えられているなら、ちょっと安心。…ご飯もね、なんかわかる気がする。実家で息の詰まるご飯を食べてたから、一人暮らしを始めて、私は…多分本当の意味で初めて食事のときに呼吸ができた気がしたんだよね。…ちょっとひと手間で美味しく食べたいかもって思うようになったのも、本当の自由と言うか、距離きちんと取れるようになってからかも。」

 律の手が、怜花の手を取った。指が絡まり、きゅっと握られる。

「今もちゃんと、安全な距離を取れてる?」
「…うん。ずっと、会ってない。…会いたくない、から…。」
「…そんなところも同じかぁ。俺も同じ。家族には会いたくない。だから家族に会わせてとも、会わせたいとも言わないから心配しないで。…会わせたく、ない。」

 律にしては珍しくはっきりと拒絶が言葉に乗っていて、怜花はその響きを噛みしめた。

「って暗い話になっちゃったね。ごめんごめん。あ、バレンタイン特集でおすすめ映画組まれてる。」

 ふとテレビに視線を移した律が、声のトーンを上げた。そして『バレンタイン』の6文字に怜花はハッとした。

「ま、待って!バレンタイン!」
「え?」
「バレンタインは…あの、どうしてほしいとか、ある?」
「あ、あー…そっか。あ、もしかして本命を貰える的な?」
「もしかしてって何…?ちょっと待って…?律のことだから、いっぱい事務所で貰ってくる…?」

 あまりにも普通にしていることが多いため時々忘れてしまうが、律は売れっ子の(しかもイケメン声優特集に載るような)声優なのだ。怜花の渡すものがなくても、食べきれないほどの量を貰ってくるのが常なのかもしれない。
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