夜を繋いで君と行く
「笑えていますか、私は。」
「うん。可愛いを連呼しちゃうくらいには。」
「…それは本当に心臓に悪いし、絶対可愛くないのでやめてほしいんですけどね。」
「俺が可愛いーって言ってるときは、あ、笑ってんだなって認識にすればよくない?」
「…何度でも言いますけど、私に可愛いところはないんですって。」
「あるよ。怜花ちゃんには見えなくても、俺には可愛く見えるときはある。…笑ってなくても、可愛いときがあるよ。」

 いたずらっ子みたいにニッと笑うときは、ちょっとからかいたい気持ちが滲んでいる人だとわかったはずなのに、言われ慣れない『可愛い』の言葉は、劇薬みたいに痺れを生む。どこからどう飲んでも上手に受け流せない。

「…昨日から大したことはしてないです。それでも楽しいなんて、二階堂さんは心が広すぎますね。」
「大したことしないと楽しくないってのは、長続きしなくない?何でもないようなことで楽しい方が気持ちが楽だなーって年取ったら思うようになった。普通に楽しいよ。怜花ちゃんが作るもの、全部美味しいし。」

 そう言ってまたフレンチトーストを一口頬張る。一口が外で食べるときよりも家の中の方が大きいことも、甘いものもいける口だということも知らなかった。知らなかったことが知っていることに変わること。それは確かに意外性があって楽しいことなのかもしれない。

「…なるほど。そういう考え方もありますか。…二階堂さんは本当に不思議な人ですね。不思議っていうか、変かも。」
「そう?じゃあ同族の怜花ちゃんも変ってことになるけど。」
「えぇ~巻き込まないでください!」

 ふっと笑えば、同じだけの似たような笑みが返ってくる。優しくて穏やかな朝をこんな風に迎えている自分は、想像していなかった。

「ってかすっごい優雅な朝過ごしてんだけどさ、この後俺だけ仕事ってマジ?」
「仕事って言ってました。」
「…うわー今日は家にいたいんだけど。」
「二階堂さんの仕事には代わりはいませんから。しっかり食べて仕事行ってください。私のことはお気になさらず。こっそり帰りますので。」
「いやいや、怜花ちゃんのこと送ってから行きます。」
「手間じゃないですか。」
「手間じゃないです。」
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