年下ワンコと完璧上司に溺愛されて困っています。
 
 自分のデスクに戻ると、第2開発課のフロアはすっかりお祭りムードになっていた。
 後輩の頼れる女子・森下が椅子をぐるりとこちらに回し、同じく後輩の天然系女子・有村まで身を乗り出してくる。

「ちょっと先輩!高峰部長……やばくないですか!?
 アラフォーって聞いたから、脂が乗ったイケオジ系かと思ったら……三十四、五にしか見えないんですけど!
 あの長身に、仕立てのいいスーツをさらりと着こなすカリスマ性、反則レベルに整った顔立ちなのに
 笑うと芸能人のような華やかなオーラもあるって、
 ……ビジュ爆もいいところですよ!!」
 と、森下が一気にまくしたてる。

 (……凄い熱量。こっちまで体温上がりそう……)
 思わずクスッと笑ってしまった。

 一方の有村は両手を胸の前でぎゅっと握り、ぽやんとした声を漏らす。
「なんか〜……あの笑顔、見てるだけで血圧上がりそうですぅ……」

「わかるー!」と森下がすかさず頷く。
「あの佇まい、威厳! 完璧よねええ!」

 そこへ、お調子者の後輩、田島が割って入ってきた。
「いやいや、血圧て! 生活習慣病かよ!」
 田島がちゃちゃを入れ、周囲からクスクス笑いが漏れる。
「でも……俺も惚れたッス! あの貴公子の笑み……やばいッス!」

「田島まで落ちてどうするのよ」
 クスッと笑いながらも、つい口を滑らせる。
「でも、わかるわ。あれは反則級でしょ」

「「「ですよねーー!」」」
 三人が声を揃えて大きく頷き、フロアの一角が一気に女子会モードと化した。

 
 * * * * * *

 その日の夜、午後八時過ぎ。
 昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったフロアに、私のキーボードを叩く音と、田島の声だけが響いていた。

「……あーーーー! やっと終わったーー!!」
 背もたれに体を預け、両手をバンザイするように上げて喜ぶ田島。
 くたびれた空気の中、その声はやけに元気で場違いに明るい。

「ふー。良かった。なんとか間に合ったね」
 私も手を止めて肩を回し、張りつめていた神経を少しだけほぐした。

「八時過ぎか……。高峰部長の歓迎会、まだ間に合うんじゃない?」

「私はちょっと別の作業もあるから、もう少し残るけど。田島は、ほら、顔出してきなさいよ」

「先輩ーーー! マジ感謝っス!! この御恩は必ず!」
 大げさに拝むようなポーズで机に額をこすりつける田島に、思わず吹き出してしまう。

「もう。いいから、さ、いってらっしゃい」

「ありがとうございます! じゃあお疲れ様っす!」
 颯爽と荷物をつかんで飛び出していく後ろ姿。
 去ったあとに残ったのは、再び機械の低い駆動音と、夜のオフィス特有の冷えた空気だけだった。

 ふうっと息を吐き、私は背もたれに体を預ける。
 今日一日の出来事が、自然と思い返されていった。

 ――あの後も、フロアはずっと高峰部長の話題で持ちきりだった。
 しっかり者の森下はソツなく業務をこなしながら時折女子たちの盛り上がりに相槌を打っていたが、有村と田島は完全に浮ついていて、目の前の仕事に集中できていなかった。

 有村の方は昼過ぎにミスに気づき、慌ててフォローしたので事なきを得たけれど――問題は田島だった。
 今日の業務が進んでいない上に、明日の朝イチで提出するリニューアル文具の資料にケアレスミスが見つかり、修正作業に追われる羽目になったのだ。
 結局この時間まで残業になったのも、そのせいだった。

 部長はと言えば、引き継ぎ業務に追われ、合間には第1開発課の方に顔を出していたらしい。
 ランチタイムは、女性社員に囲まれながら颯爽と出て行く姿を遠目に見ただけ。
 夕方には部長の歓迎会の調整さんが回ってきたけれど……私は欠席にしていた。

 (イタリアの話、聞きたかったなあ……)
 ほんの少し胸がざわつく。けれどすぐにかぶりを振って、モニターに視線を戻した。
 (……まあ、これからいくらでも機会はあるよね)
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