年下ワンコと完璧上司に溺愛されて困っています。

第2話 隙だらけだね?

 (な、なにこの切り替え……! 油断したら食べられる!!)

 息を呑む間に、碧の綺麗すぎる顔が、ぐっと近づいてきて——
 慌てて両手をクロスさせて、しなやかにガード!

 「ストッ——プ!!」

 私の迫力に蹴落とされたのか、碧はきょとんとした顔をしたあと、クスッと笑った。

 「……なんてね。ジョーダン!」
 そう言った瞬間、さっきの肉食獣の気配は消え失せ、無邪気な子犬の顔に戻っている。

 (……一瞬、本気で襲われるかと思ったのに。……気のせい?)

 碧は楽しそうに肩を揺らし、にこっと笑う。

 「おねーさん、面白いね」

 (いや、違う! これは……からかわれたッ!?)

 悔しさに拳を握る。

 (……くっ。こうなったら私が大人の余裕を見せてやる!)

 私は立ち上がり、努めて冷静な声を出した。

 「とりあえず、シャツは洗濯するから。あなたはお風呂に入ってきなさい」

 「……え? お風呂?」

 「エクストリーム・アタック・シャツ(E.A.S)の被害者でしょ。責任は取るから」

 碧は吹き出しそうになりながら「E.A.Sって……」と呟き、そのまま大人しく風呂場へ消えていった。

 私はその間に、洗濯機を回し、洗顔して歯を磨き、着替えまで済ませる。
 さらにはトーストを焼き、サラダを盛りつけ、コーヒーを淹れて——完璧。出来る大人女子の朝の身支度。

 ——の、はずなのに。

 「おねーさーん!! バスタオルどこーー!?」

 風呂場のドアから、碧がひょいっと顔を出して叫んでいる。

 「なーーーーッ!?」
 肝心のバスタオルを出すのを忘れていた……だとッ!?

 慌ててタオルを抱えて走り出す——が、勢いあまって足がもつれた。

 「きゃっ!」

 次の瞬間、ずぶ濡れの腕に抱きとめられていた。
 目の前には、しなやかに引き締まった胸板。
 滴る雫が、彼の熱を際立たせる。

 (クッ……水も滴るいい男……ッ!!)

 「……おねーさん、大丈夫?」

 無邪気な声に、杏は耳まで真っ赤になり、慌てて叫んだ。

 「ば、バッキャロー!! はやく隠せッ!!」

 両手で顔を覆う。……が、指の隙間からガン見してしまっているのは言うまでもない。

 * * * * * *

 ——もう、大人の余裕なんて忘れた。
 疲れ果てた私は、リビングのテーブルに突っ伏していた。

 用意しておいたTシャツに着替え、自分のズボンを履き直した碧は、何事もなかったかのように、大人しく——いや、ちゃっかり準備した朝食を食べていた。
 トーストにサラダ、そしてコーヒー。
 まるで自分の家かのように、もぐもぐと頬張っている。

 気まずい。
 この沈黙、どうすればいいの。

 「き、君さ〜……今日なにか予定あるの?」
 期待半分、不安半分で恐る恐る尋ねる。

 「ないよ。夕方まではなにも」
 あっさり返ってきた言葉に、心臓がずしんと沈んだ。

 「ソ、ソウナンダ……」
 余計に気まずい。

 (なんで“ある”って言ってくれないのよ!)

 取り繕うように笑って、思わず聞いてしまった。

 「ちなみに、その……念のため確認しておくけど、わたしたち昨日……何も変なことはしてないんだよね?」

 碧はぱちぱちと瞬きをしてから、小首をかしげる。
 「変なことって?」

 「いや〜その〜〜……」
 喉がからからになる。言いにくさに顔が熱い。
 「えっちいこととか……な、ないよね?」

 碧の口元がきゅっと上がった。
 「……えっちいコトって、さっきみたいな?」

 「それはいうなッ!!」
 条件反射でテーブルをバン!と叩いてしまった。

 【ゴゴゴゴゴゴ……】
 
 カップの中のコーヒーがびしゃりと揺れ、危うくこぼれそうになる。

 碧は楽しそうに笑って、無邪気にこちらを見つめてくる。
 (くぅ〜〜! ほんとこの子、油断ならない!!)
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