年下ワンコと完璧上司に溺愛されて困っています。
「なぁんだ。おねーさん、意外と意識してくれてるんだ」
 (あおい)がにこにこと笑い、フォークをくるくる回す。
 
「ち、ちがっ……! そういう意味じゃなくてっ!」
 慌てて否定するも、ますます赤面してしまう。
 
「……だ、だから……その……」
 視線を逸らしながら、勇気を振り絞って口を開いた。
 
「……キス、とかも……してないよね?」
 言い終えた瞬間、顔から火が出そうになる。
 自分で言っておきながら、なんて恥ずかしい質問なの。

 碧はフォークを止めて、じっとこちらを見る。
 数秒の沈黙。
 
(や、やだ……なにその間!? なんで即答してくれないのよ!)
 
「……どうだったかなぁ」
 いたずらっぽく目を細め、唇に指先を当ててくすっと笑う。

(な、なんなのこの子……! まさか……本当に……!?)

 碧はカップを置き、すっと身を乗り出してきた。
 瞳の奥がふっと色を変え、ほんの一瞬、ぞくりとする気配を纏う。

「……したかった?」

 低く落ちた声に、テーブルの下で思わず膝が跳ねた。
 近づいた碧の影が、やけに大きく見える。

「っ……!」
 視線を逸らそうとしたのに、すぐに掴まえるみたいに覗き込まれる。
 ほんの数秒、息が止まった。

 (や、やだ……近い……! この距離は反則でしょ!!)

 杏が固まっていると、碧はふっと唇の端を上げた。
 「……顔、まっかだよ?」

 からかうように囁いて、あっさりと身を引く。
 何事もなかったみたいに、またトーストをかじりはじめる碧。

 「……っっっ……!」
 こっちはまだ心臓バクバクなのに、彼は平然とコーヒーを啜っている。

(……この子、やっぱり只者じゃないッ……!)
(M.C……メンタル・クラッシュの幽波紋(スタンド)使いか!?)

 「まさか……な」
 思わず口に出してしまった。

 「ん? 何がです?」
 にこにこと首をかしげる碧に、慌てて手を振る。
 「な、なんでもない! こっちの話!!」

 ——それからは、もう話題を変えた方がいいと思って。
 「ええーと、じゃあ改めて……昨日は酔いつぶれたわたしを連れて帰ってくれたんだよね。ありがとう」

 ぺこりと頭を下げると、碧はにっこり笑った。
 「どういたしまして」

 それからは、たわいもない世間話に移った。
 碧が好きな食べ物、好きな音楽、休日の過ごし方……。
 (ふぅ……これくらいなら普通に会話できる……)

 人懐っこくて、話していると不思議と居心地がいい。
 (……さっき見えた“肉食獣の片鱗”なんて、気のせいだったのかもしれない)

 心が落ち着いてきたところで、私は笑顔を作って切り出した。

 「じゃあ今度は、わたしのこと教えるね」

 肩の力を抜いて口を開こうとした瞬間。

 「知ってるよ」
 碧がさらりと言った。

 「三枝 杏(さえぐさ あん)。三十四歳。9月21日生まれ、B型。理想のタイプはブローノ・ブチャラティ。身長と体重は昨日のタクシーで聞いたし、あと……」
 指を折って数えながら、にこっと笑う。
 「3サイズも」

 「はあああああああああっ!?!?!?」
 思わず立ち上がりかけ、テーブルに膝をぶつけそうになる。

 「わ、わたし、そんなことまで喋ってたの!?!?」
 顔から火が出そうになり、両手で覆う。

 碧は耐えきれないといったようにクスクス笑い出した。
 「じょーだん。さすがにそこまでは聞いてないよ」
 悪戯っぽく片目をつむり、さらりと続ける。
 「でも……おねーさん、ほんと反応がかわいいなあ」

 「かっ——!!」
 胸の奥で何かが爆発する。

 (もぉぉぉ〜〜!!ほんとこの子、わかっててやってるよねぇぇぇ!!)
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